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□真っ赤なミュール
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 私は普段服や鞄を欲しがらなかった。そういうものにたいして興味がなかったし、私にはサッカーがあれば充分だったから。だけど最近の私には、欲しくて欲しくて堪らないものがある。
 それは杏の愛読雑誌を斜め読みしている時に見つけた、赤いミュール。(何故だかよくわからないけれど、ひどく惹き付けられた。)

「あれ、玲名がそんな雑誌読むなんて珍しいね」
「っ!ヒ、ヒロト!」
「隠さなくてもいいのに。何か欲しいものでもあるの?」
「お前には関係ない!」

 睨み付けて言い放ってもこいつには効果がない。私の言葉なんて聞こえないフリして、とっさに隠した雑誌をいとも簡単に取り上げられた。
 物珍しそうに数ページめくって、あ、この服玲名に似合いそうだね、とか言って私に見せてくる。(頬に熱が集まるのが自分でもわかる。そしてこれは自覚している短所なのだが、私は照れると悪態をついてしまうのだ。)

「…う、煩い!返せ!それは杏に借りた雑誌で…!」
「はいはい返すよ。まったく玲名はすぐ照れる」
「黙れ変態!」

 またやってしまった。晴矢や風介相手ならこんな悪態、ほとんどつかないのに。(せめてもの救いはヒロトが私の悪態を気にしていないところだろう。たぶんヒロトは、私が思う以上に大人で孤独だから。)

「…もう、いいだろ。あっち行け」
「あ、酷い。じゃあもういいよ、せっかく試合しようと思ったのに。」
「…行く」
「はは、照れ屋は損だねぇ」
「っ!ふ、ふざけるな!」

 くすくす笑って先を歩くヒロトの背はあの頃より少しだけ伸びていた。(…私の方が、少しだけ大きかったのに。)
 なんとなくイライラする焦燥感と少しの寂しさを感じて、私はヒロトに置いていかれるのが嫌なんだなと心のどこかで確信する。

「そういえば」
「なんだ?」
「もうすぐ玲名の誕生日だよね」
「…覚えてたのか」
「もちろん。プレゼント何がいい?」
「…別にいらない」
「またそんなこと言う」

 可愛くない自分にため息が出る。なんで素直になれない。なんで笑えない。なんでこんな自分なんだろう。(もっと可愛くなれたら良かった。もっと素直で、笑顔の似合う子に。)

「あ、じゃあ靴にしようか」
「え…」
「だって玲名ってばスパイクしか持ってないし」
「…それさえあれば充分だ。だいいちミュールなんて歩きづらくてかなわな…」
「ミュールが欲しいの?」
「、っ!」

 口が滑った。(恥ずかしい!)

「い、いや違う!それは一種の例えで、」
「あぁそういえばあの雑誌で靴のページ、ドッグイヤーしてあったもんね」
「だ、だから違う!それは杏のだ!!」

 真っ赤になって言えばヒロトはきょとんとして、それから、(それから、愛しそうに私を見つめた。あの深い緑の瞳に自分が映っているのかと思うと泣きたくなった。こっちを見るな。恥ずかしくて死にそうだ。)

「うん、決まり」
「だ、だから!」
「いいじゃないか。それ履いて、デートしようよ」
「……、サ、サッカー観戦なら行ってもいい!」
「はいはい」

 心底楽しそうに笑うヒロトが恨めしくて、だけどどうしたって愛しかった。








真っ赤なミュール
(ボクの髪色みたいで可愛いね)
(自分で言うな)
(さぁデートだ!)
(人の話を聞けっ!)



 靴擦れなんか気にしない。今日の私は少しだけ、素直で可愛くいたいから。


*

ヒロ玲で初の玲名視点。
私が書くと玲名はヒロト大好きになるみたいですね、もはや誰みたいな。

20110629

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