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□夜の帳が泣く前に
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『お父さんとお母さんはどこに行ったの!?明日には帰ってくるってお兄ちゃん言ってたじゃない!嘘つき、嘘つき!お兄ちゃんの嘘つき!』
そう言ってオレの胸をバンバン叩く春奈に、正直腹が立つ時もあった。(…オレだって、)
だけどオレはその言葉を飲み込むしかない。オレは「お兄ちゃん」なんだから、我慢しないといけない。泣いてはいけない。たった一人の大事な妹に、弱いところなんて見せてはいけない。ずっとそう思っていた。(泣くな、泣くな。辛くない。寂しくない。悲しくない。春奈が居れば、オレは強くなれる。)
しかしそんなオレの願いも空しく、明日の朝オレはついに鬼道の家に、そして春奈は音無の家に引き取られることになった。(まさかオレと春奈が引き離されるなんて。)
その夜、オレの布団に潜り込んで来た春奈を迎え入れ、2人で眠った。(小さな春奈の手を握り締めるのもこれで最後かと思うと、何ともやるせない気持ちになる。)
安心したのか、春奈は明日ついに「音無春奈」になるとは思えない程ぐっすりと眠っていた。
「お…にぃちゃ…」
楽しい夢でも見ているのだろう。春奈はクスクス笑って、そして泣いた。
「、春奈…」
「にぃちゃん…おにぃちゃん…」
「大丈夫だ、春奈。オレはずっとここにいる」
零れ落ちた春奈の涙を拭ってやり、繋いだ手に力を込める。
小さな春奈の手を覆うほどの大きさもない、ともに小さなオレの手。歯痒くて仕方なかった。どうしてオレには力がないんだろう。(オレがもっと強ければ、春奈と離れずにすんだのだろうか。)
「…ごめん、ごめんな春奈…。お兄ちゃんは嘘つきだな…」
泣くな、泣くな。泣いたらダメだ。(でも、だけど、ダメなんだ。オレは春奈を守りきれる程強くない。それが悔しくて苦しくて、)
どんなに奥歯を噛み締めても、鼻の奥がツンとするのは止まらない。
「…お兄ちゃん?……泣いてるの…?」
いつの間に起きたのか、薄暗い月明かりの中オレに目を向ける春奈は涙の後を残したままむくりと起き上がった。
そしてオレの瞳が潤んでいるのに気付き、驚きと共にまた涙を流した。(泣かないでくれ、泣かないでくれ春奈。)
「おにぃちゃ…ごめんね…っ!私がワガママだから…」
「違うんだ春奈、…違うんだ…!」
泣き顔を見られたくなくて春奈を抱き締めると、小さな春奈はごめんね、ごめんねとくぐもった声で呟き続ける。(きっと春奈も、どこかでわかっているのだろう。もうオレたちは今みたいに会うことが出来ないって。)
「…春奈、約束する。…春奈と一緒に暮らせる日が来るように、お兄ちゃん頑張るから。だから…春奈も明日からは泣かずに頑張ってくれ」
「おにぃちゃん…おにぃちゃん…」
震えているのはオレか春奈か、それとも二人ともなのか。(寂しくて苦しくて愛しくて、もう我慢の限界だった。)
父さん、母さん。オレは父さんと母さんがいなくなってから一度だって泣きませんでした。頑張って我慢しました。だから、だから今日くらい。
「はるな…はるな…っ」
「…おにぃちゃぁぁあん!!」
縋り付くように抱き締めあって、オレたち兄妹は泣いた。(そんなオレたちを包むように、父さんと母さんが傍にいるような気がした。)
夜の帳が泣く前に
(春奈の小さな手を握り締めるオレの小さな手。なんて頼りなくて、愛おしいんだろう。)
*
中学生になってから会えるとは思ってなかった鬼道さん。
20110622