リボーン 短編集

□溝
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ボスの仇だとか復讐だとか、何ともくだらない理由で単身乗り込んできた君には、最高のもてなしを、そう思った
勇気ある行動、そしてその一点の曇りなき忠誠心に敬意を表して…
君の心はどうしたら折れるのか、試してあげる

ボスの為なら耐えられるだろう?
だから試してあげるよ、君が折れずに僕を殺す事が出来た暁には、ボンゴレには一切手を出さないと誓うよ
大丈夫、約束は守る、安心して?
誓約書くらいいくらでも書くよ、そして世界中のファミリーに配るといい
証人は世界中のマフィア
こんな話、僕にとって不利な君にとってはいい話、他にないだろう?

だから、

馬鹿な君は(いくら挑発されたからといっても)すんなり承諾、

しちゃ駄目だろ、本当に馬鹿だね

それから毎日毎日、陵辱と恥辱と屈辱の限りを尽くして
僕の貧相な脳みそで考え付くだけ、ひたすら思い浮かぶだけ、ありとあらゆる手段で君の心に、確実に一生残るであろう傷痕を残していった

楽しくなかったと言えば嘘になる
それなりに僕自身楽しんでいたし、何より最初こそ抵抗していた君が、日に日に弱っていく様を見ているのは気分が良かった

人間なんて所詮この程度
脆くて弱くて儚くて…

僕を殺せばこの遊戯は終了、するはずだったけど、君には僕を殺すだけの力がないらしい
当然といえば当然
毎日毎日、自分に辱しめを与える男になど近寄りたくないのだろう
それが普通
良かったね、君は普通の女の子だ

だけど

「ッ!」
「………」

こうも拒絶されると流石に辛い

まさか情が移ったのだろうか
そんなはずはないといくら否定してみた所で無意味な事くらい分かっている

毎日が徐々に一日置き、更には二日置き、三日、四日、五日、六日

気がつけば君の部屋にすら入れなくなっていた

仕事が忙しいという理由も確かにあるが、それより最もらしい理由が自分の中にある事に気づいているから
だから、

「白蘭様」
「ん?ああ…もうそんな時間………君が届けてくれる?僕は仕事で忙しいから」

書類をヒラヒラとさせて視線をテーブルへと戻す
いくら許可を得たからといっても、上司のそれもボスのプライベートルームに足を踏み入れるなんて、本当に入っても良いのか、戸惑う部下
しかし、いつまで経っても何も言ってこないボス
諦めて白蘭が指差した部屋へと向かう
そこには、まるで童話の絵本には絶対に出てこないような、だらしない服装でぐったりと動かない女がいたから驚きだ
今日から白蘭の食事係になった自分へ、前任者から哀れみの視線で励ましの言葉をもらったわけが、今やっと分かった

そそくさ、というよりは慌てて部屋から出てきた部下に白蘭は目もくれず、ひたすらにペン先を走らせる

「し、失礼しました!」
「………」

足音が遠退くのを確認して立ち上がる

部屋の扉が少しだけ開いていたから

あとで注意しなくちゃ、これじゃあ集中できない
そう自分に言い聞かせ、気だるそうに手を伸ばす
同時に向こう側から悲鳴にも似た叫び声を聞いた

「………」

ゆっくりとドアを開けるとそこには震えた君
唇を噛み締め、僕との距離を取るように両手を前に置き、視線は揺れていた
しかし僕の視線と絡む事は絶対にない

大丈夫?
そう言って落ち着かせようと伸ばした手に痛みが走る

叩かれた、そう理解するのに時間がかかった

君は混乱しているのかベッドへと駆け出し泣き崩れる

「………」

ああ、折れてしまったんだ

「…おやすみ」

最後にそう呟き今度こそ扉を閉めた

無性に泣き出したい衝動に駆られる
どうして、いつの間にこんなに脆くなってしまったんだ
君に拒絶される度に傷ついていく自分を自覚していたから、だから会わないようにしていたのに
君より僕の方が遥かに脆い人間なんだ、そう改めて自覚し、涙が頬を濡らした

小さな嗚咽が混じっていた事に、気づく者は誰もいない





「いつになったらあの娘を処分するつもりだ?」
「なかなか折れてくれなくてね、まあその内するよ」
「早くしてくれよ、こっちは一億ユーロも懸けてんだ」

お前の遊びに最後まで付き合っていたら結末を知る前に俺が死んじまいそうだ

大丈夫アンタはまだまだ死にそうにないから、とは流石に言わなかったが正直に思った

いつの間にか僕達のゲームはマフィア達のいい暇潰しに使われていたようだよ
一億ユーロなんて、はした金じゃないか
くだらない
ボンゴレを恐れてビクついてる親父に急かされる程、僕は堕ちてしまったんだろうか

自室に戻ったらマシマロでも食べて落ち着こう

そう決めて扉を開けた
そこには窓から空を眺める君

「………」

部屋から出てきたのは初めてだ

扉を開ける音すら聞こえていないのか、無表情でひたすらに空を眺める
それが何故だか儚げに見えて慌てて名前を呼んだ

「ッ!」
「あ…」

振り返った君は僕の姿を確認した途端に、恐怖で顔色を一変させて、素早く視線を逸らした

部屋に戻らないのか、それとも恐怖で動けないのかは定かではないが
部屋から出てきた理由が知りたい、そう思った

聞かなきゃいいのに、そんな事も思ったが、構っていられない

「どうして部屋から出てきたの?」
「ッ、ご…め…」
「……空を見てたの?」

君は返事もしないで部屋へと戻っていく
シャンプーの香りが鼻をかすめて、安心する

ちゃんとここにいた

誓約書のせいか、それともボンゴレに恥をかかせない為か、それとも…
とにかく、逃げ出そうとすればいくらでも出来ただろうに
だけど君は逃げなかった

今の僕にはそれだけで充分だよ

「……入るよ…」

ノックをして扉を開ける
君は眠っているのか動かない

歩み寄って顔を覗き込むと可愛らしい寝顔
思わず微笑み躊躇いがちに手を伸ばす
指先で頬をなぞって、普段は前髪で隠れている額に触れるか触れないかのキスをした

「……おやすみ」

珍しく遅くに目が覚めた

寝坊しちゃった、そう思いながら時計を見るが視界の隅に君の姿が見えた気がした
寝ぼけた頭ではすぐにそれが異常だと認識出来なくて、暫く経ってから慌ててそちらに顔ごと目を向けた

しかし少し遅かった
見えたのはスカートの裾

ベッドから離れ、君がいたであろう場所に立つ
いつか嗅いだシャンプーの香りに視界が揺れた

泣くものか

「僕は、脆いけど…そこまで脆くない」

だけど床は濡れてた





少しずつ、本当に少しずつ
君は自発的に部屋から出てきて僕は嬉しいよ

しかしゲームを終えろとしつこい親父のせいで僕は機嫌が悪い
疲れる、会う度に「いつ終わるんだ」の繰り返し

「いい加減…飽きてきたなあ」
「ッ…  」

血まみれで帰ってきた僕を、君はどう思うだろう

「………」

しかしそんな心配は無用だとばかりに、部屋に君の姿はなかった
安心したような、残念なような
微妙な心境に落ち着けない

君の部屋の扉を眺めてドアノブに手を伸ばす

触れる所まできて諦める
せめてシャワーを浴びてから、君に触れるのはあの男の血を落としてからだ

ズルズルと壁に寄りかかりながら座り込む

今日は、本当に疲れたんだ
いや、本当はずっと前から…

懐から拳銃を取り出して、眺める

「………」

誰かに打ち明けるには軽すぎて、君に伝えるには時間が足りない

「……君を殺したくて…堪らないよ…」

漸く溝を修復できる所まできたのに、そんな事を思うなんて、僕はどこかおかしいんじゃないだろうかと
我ながら心配になる

自覚自覚と自分で分かった気になっていたつもりが全くといっていい程、僕は自分の気持ちに気づいていなかったようだ

愛を自覚するのに、どうして殺意が必要なのか

やっぱり僕は普通じゃないのかも

「……おやすみ」

誓約書の内容を忘れた事はなかった
いつ寝首を掻かれるか分からないのに、熟睡なんて出来なかった

だけど最近はどうだろう

少しの変化で僕は大きく変わってしまった

これじゃあいつ殺されても、何も、文句なんて言えないな

自嘲気味に呟いたのは夢の中の僕

「………」

眠っていたらしい
服は相変わらず血だらけ
目の前にはやはり無表情の君

「………あれ?」

視線が合う

手は相変わらず震えているが、確かに僕の目を見て…

「……おは」
「目を……閉じて…」
「え……あ…うん」

言われた通りに目を閉じる
気恥ずかしいが今は耐えるしかないようだ

暫くすると頬に冷たい感覚

思わず目を開けるとかち合う視線

不安げな君
しかし泣き出しそうな表情に変わって、立ち上がり部屋に戻ってしまった

「あ、待って…」

やってしまった
目を閉じて、なんて
初めてのお願いを…

立ち上がり扉に両手を添える

ごめんね

そう呟くと近くにいたのか君は部屋から出てくる
無性に嬉しくて抱きしめたくなるがビクッと肩が揺れたのを見てやめる

君は一瞬困ったような表情で視線を泳がせて小さな声で呟いた

「目を閉じて…開けちゃ、駄目、よ…」
「うん…分かった」

躊躇いがちに伸ばされる手

やはり冷たい感覚に目を開いてしまいそうになったが何とか耐えた

震えているのが伝わってくる

「………」
「……目を、見なければ…」
「ん?」
「…こうやって触れる事、できるようになったわ…」
「………」

まだ、恐いよね
ごめんね

「貴方も…泣くのね…」
「え」
「……貴方も人間なのよね…」
「……お願いをしてもいい…?」

頷くのが分かった

ゆっくりと、頬にある君の手に自分の手を重ねる

「こうしてても…いい?」



人間
道を間違えなければ辿り着けない事もあるんだと、誰かが言ってたなあ













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