アイシールド 短編集
□非現実世界
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「貴方がレイジ?」
「え?」
淡いブラウンの髪がとても印象的だった
イタリア人の知り合いなんて、父親以外でいただろうか
そんな事を思った
一目でイタリア系だと分かったのは言葉の訛り
父親と似た、南の訛り
十数年日本に住む父親でさえ、未だに完璧に日本語を扱うには至らない
確信があった
しかし、確信を持った所で何かが変わるわけでもない
目の前の女性はどうして自分の事を知っているのだろうか
それだけが分からない
「…そうだけど」
「やっと見つけた、漸く会えた」
「え……え?」
「………マルコ…?」
「ち、違ぇよ?俺知らねえ!」
デート中の思わぬハプニング
マリアに疑われるような事は一切していないはず、にも関わらず、これは一体何の冗談だろうか
名前も名乗らず、一見すると無礼な女性は、ゆっくりとこちらに向かって歩きだし、目の前で立ち止まると片膝を地面に着いて頭を垂れた
「本当に、探した…」
「………ちょ、何の話だっちゅうの!とりあえず頭上げろって」
「コチラの方は?レイジの恋人?」
「え、あ、ああ」
にっこり笑ってマリアの手を取り、手の甲へと唇を落とした
そして俺にも同じように、するのかと思えば、彼女の唇が触れたのは爪先
そこで漸く彼女の正体に察しがつく
昔、見知らぬ男が父親にしていたそれと同じだった
その時は一体何の儀式かと思ったが、高校入学を機に父親が教えてくれたのを今思い出す
忠誠の証
「…お前は…」
「はじめまして、レイジ…私のたった一人の…ボス…」
まさか日本の街中で、こんな事が起きるだなんて想像もしていなかった
だいたい、父親は既にそういった世界から足を洗ったはず
次のボスが立ったと喜んでいたではないか
忠誠の証だと聞いたそれも、最後に見たのは確か6年程も前の話だ
今更、忠誠の証だなんて
誓う相手が違うだろう
「……俺はお前のボスじゃない」
「いいえ、私の父が忠誠を誓ったのは、確かに貴方の父親…父が当事ボスであった貴方の父親から受けたご恩を、一生忘れない為に父は誓ったのです…」
貴方の為に命を捧げると
「………」
何て世界だ
恐ろしいまでに純粋で、傍迷惑
誓ったのは父親の代であって、息子である自分ではない、それは理解しているのだろうか
父親の血が流れているというだけで、どうしてここまで出来るのだろう
怖い…
しかし、それ以上に
歓喜した
実に複雑怪奇
「………」
「レイジ…私の命をどうか…」
お納め下さい…
そう呟いて懐から取り出したのは黒光りするそれだった
日本という国が、ここまである種の平和を維持しているのは他殺する術が他の国よりも少ないという点がある
その気になればその辺に転がっている石ころでも、本の角であろうが、靴紐でだって人は殺せるが、圧倒的な殺傷能力で言えば、今目の前で差し出されているそれの方が断然優位だ
しかしそれ故に、国民がそれを所持する事は許されない
許されるのは警察といった警備の人間のみ
もちろんその他にも理由はあるのだろうが、それも世界単位の理由が
しかし、だからこそ…拳銃だなんて…
日本でそれにお目にかかる日が来ようだなんて…!
「………な…それ…」
「勿論、この他にも2丁ほど所持しておりますが、レイジの身を守る為の物だという事をご理解ください、私を処分する日が来たならば…それを…」
ああ、なんてセカイだ…
(そうは言いながら受け取ってしまう自分は、確かに親父の血を引いていたらしい)