狐物語

□紅イ月
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今夜の月は不気味な程真っ赤だ。

何か悪い事の前触れかもしれない・・・

俺はそんな真っ赤な月を仰ぎながら本日何度目かの大きなため息をついた。

今夜の任務も上手くいかなかった・・・

「はあ〜〜〜・・・」

俺が今居るのは廃墟となった寺。

かつては綺麗に手入れをされていたであろう庭も草がぼうぼうで大きな岩には苔がむしまくっていた。

そんな緑に染まった岩に腰掛けてうなだれながら俺はこれまでの人生について考えていた。

人知れず魑魅魍魎が跋扈する近年・・・

そして人知れず人に仇なすアヤカシ達を退治する退治屋たち・・・

俺はそんな退治屋の陰陽師の家系に生まれた。

だが、俺は陰陽師としての才能には恵まれなかったようだ。

払う力も、能力もはたまた引き付ける力すらも欠けていた。

もうホントに笑えるくらいこれっぽっちも無いんだ。

かの有名な初音家の者が−−−と何度蔑まれた事か・・・

そこまで辛い思いをするのにどうして陰陽師の道を進もうとするのか・・・

自分でも不思議だが、諦めきれないのには理由がある。







見えるのだ。

自分に唯一ある能力・・・

『見鬼の才』

異形のモノを瞳に写すことのできる能力。

半端に見る事だけできるから俺はどこかで諦める事ができないのだろう。

上の姉も、下の妹も、二人とも高い才能を有しているというのにこの体たらく・・・

今夜だって妹がいなければどうなっていたことやら・・・

泣きたくなる・・・
早く家に帰って新作のアイスが食べたい・・・

「はぁ〜〜〜・・・」

もう一度大きなため息。

この頃の俺の得意技はもっぱら『ため息』だ。
『九字』でもなく『祝詞』でもなく・・・

さらにため息が出そうになった時。

前方の草むらが音を立てて揺れ動いた。

「何だ?」

今日退治したアヤカシがまだ残っていたのだろうか?

あいつらは小物だったけれど、術の全く扱えない俺には戦う術がない。

身構えていると草むらから何かが顔を出した。

「・・・きつね?」

狐だった。
草むらから顔だけを出した可愛らしい狐・・・

俺はホッと胸を撫で下ろした。

「なんだ、狐か」

狐はじっとこちらを見つめている。

「なんだ?俺に何か用かい?」

そんな訳あるわけがないが、俺は狐に手招きをした。

動物は嫌いじゃない。
寧ろ好きだ。

すると狐は鼻をひくひくとさせてそろそろと草むらから出てきた。

途端に血の鉄臭い匂いがむっと鼻についた。

出てきた狐は血まみれだった。

「ッ!?お前どうしたんだ?!!」

つい大きな声を出してしまった俺に狐がびくりと身を震わせる。

「あ、ごめんごめん。ほら、おいで」

そう優しく言い聞かせると少し逡巡した後、狐は俺の元へとふらふらとやってきた。

血まみれの狐を服が汚れるのも躊躇わず抱き上げる。

「お前こんな血まみれで・・・どこけがしてるんだい?」

さわさわと優しく狐の体を看てみる。

切り傷のような裂傷が至るところに。
中でも一番深い傷が背中にあった。
いずれも致命傷にはなっていないが、放ってはおけない傷だった。

「ちょっと待っていて?」

俺は腕の中でぐったりとしていた狐を膝の上へと乗せると上着を脱いで破いた。

「んっ!こうやって細く破いて・・・できた!簡易だけど包帯」

にこりと笑って狐に見せてやる。

狐はご丁寧にも俺の話を聞いていてくれたのか青色の瞳を俺に向けたまま首を傾げた。

「悪いけれど、今は薬の持ち合わせがないんだ。だから応急処置だけなんだけれど・・・」

そう言いながら俺は狐に作った包帯を巻き付けていく。

こういうのは以外と得意だ。

「お前血でべたべたに汚れちゃってるけど、ホントはもっと綺麗なんだろうねぇ・・・だって毛並みが月明かりにあたってきらきらしてとっても綺麗だもの」

手当中も狐が少しでも楽になるように優しく声をかけてみる。

別に一人で寂しい訳じゃない。
決して。

処置はすぐに終わった。

狐も処置が終わると少しは体が楽になったのか俺の膝の上で身を起こしてしっぽを振っている。

「誰にやられたのか知らないけれど気をつけろよ?」

狐の瞳を覗き込んでそう言うと 狐は嬉しそうにぱたりとしっぽを振った。

「ほんとにわかってるのかい?」

ぐいっと顔を近づけた瞬間だった。



ちゅっ



狐が自らの唇を俺のものに掠めさせた。

「〜〜〜っ///」

こいつ!
恩人になんて事を!!

キッと睨みつけるが青の瞳は純粋にきらきらと光るだけだ。

「カイト兄さん??」

その時、妹のミクの呼ぶ声が後ろからかけられた。

「ミク?」

ミクを見ようと後ろを振り向く。

「お兄ちゃん何してるの?そろそろ帰るよ?」

「あぁ、待って、こいつが・・・」

言いながら膝の上を見るとそこにはもう狐はいない。

膝の上から降りた気配などなかったのに・・・

ひざの上にあるのは狐が残していった深紅の華の染みだけだった。













その後、俺はミクに慌ただしく引きずられるようにしてその場を後にした。

「カイト・・・」

だから俺は気づかなかった俺の蒼い髪を見つめる青い瞳があることを・・・



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