短編
□umbrella
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戦場では日除けの傘も人殺しの道具になる。
至る所に血がつき傷ついた傘を見て、俺の頭に小さな幼女の姿がよぎった。
兄ちゃん、兄ちゃん…
傘の柄の部分は深く抉れ、少しいびつな形になっている。
それをそっと触ると遠い昔の記憶が蘇るーー
****
ごりごり…
「んー…なかなか上手くいかないアルなー」
「何してんの?」
「どぅあぁぁっ!!?」
神楽は相当驚いたようで、椅子からひっくり返りしりもちをついた。
「何アルか!驚かすんじゃねーヨ馬鹿兄貴!!」
「いや庭からごりごり音がすれば気になるでしょ」
そう、さっきから気になるこの微妙な音。
何かなと見てみれば、神楽が庭で太い木を削っていた。
「で、何してんの?新しい趣味が木を削る事?…」
「ち、違うネ…ただこれは、あれヨ!ストレス解消ネ!」
しどろもどろしながら、神楽は削っていた木を後ろへ隠した。
…あやしい。が、しかし大した事でも無さそうだ。
「ふーん…変なストレス解消方だネ」
元々この妹がやること成すことは俺には考えつかないようなモノばかりだ。
星を取りたいと言って屋根から落ちた事もあるし、どしゃ降りの雨の中で、ただひたすら何かを祈ってた事もあった。
「こうすれば雨が止むかもしれないアル」
本当、馬鹿というか阿呆というか…
想像もしない事をやってのける妹だ、とつくづく思う。
こんな妹なんだから、今回だって下らない理由なんだろう。
放っておこう、そう思い俺はその場を後にした。
しかしそれからしばらくごりごりという音は続いた。
****
「ん…」
朝、その日はなぜか枕元に気配がして早くに目が覚めた。
そしてぼやける目を働かせふと枕元を見ると何やら大きな物体が置いてあった。
「…何これ?」
手に取ってみて重い、これは傘だ。
よく見ると柄の部分にはりぼんがついている。
「あっ!兄ちゃん」
「…おはよう神楽、ところでこれ何か知ってる?」
神楽はうぐ、と口を詰まらせた。
「…傘アル」
「いやそれはわかるけどさ、なんで傘が枕元に置いてあるのか知ってる?」
「……」
神楽はだんまりと一向に口を開こうとしない。
さすがの俺も心配になってきた…
「…ト…アル」
「は?」
「プレゼント!!今日兄ちゃんの誕生日だから…!」
「誕生日…?」
あ…そうか
6月1日、今日は俺の誕生日だ。
そしてこの傘は
「…ここ最近作ってたのって…これ?傘?」
「下手で悪かったナ!…別に捨ててもいいアル」
その傘は所々抉れが目立っていたが、厚みがありしったりした重厚な作りだった。
「…神楽大変だったでしょ。こんな立派な傘なんて簡単に作れる物じゃないだろうし」
「べ、別にこの神楽様の手にかかれば一分でできるアル!」
「はは…そっか、ありがとう」
にこり、そう笑顔になれば神楽はフンと鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
俺は傘を手にとり、またふにゃりと顔を綻ばせた。
ーーありがとう、神楽
****
「そんな事もあったなー…」
ずいぶんと昔の事だけれど、今思えばあれからずっとこの傘を使っている。
夜兎にとって傘は必需品であるがためにいつだってこの傘と一緒だった。
しかしそれと同時にたくさんの血がこれには染み付いている。
自分の身を守るため、また相手を貫くため…
神楽が俺を思ってくれた傘は、皮肉な事にアイツが否定する使い道となっているのだ。
「……」
「団長、そろそろですよ」
「…わかった」
前を見れば幾多もの敵が迫ってくる。
俺はふわりと傘を持ち上げた。
「…いくよ」
走り出す足の速さは加速する。
傘を、思い出を振り上げ、俺はまた血を浴びるーー
END
後書き
「夢のもつれ」のネタからきています。気になる方はそちらもどうぞ。