短編

□我慢
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幼少*



「あ」


「え?何」


急に立ち止まった私の奇声に兄ちゃんは振り返り首を傾げた。


「…なんでもないネ!行くアルヨ〜」

「……?」


私は我に帰ってわざと兄ちゃんの前を歩いてみせた。


ここは市場で、露店がたくさん立ち並んでいる。

ここに来た目的は買い物のため…詳しくいえばマミーのお薬を買うため。

家にお金はないに等しく、病気のマミーを医師に診てもらう事もできない。

そのため私達兄妹は身の回りの物を少しずつ売りながら、マミーの薬代を稼いでいたのだ。

今日やっとそれだけのお金が集まったからこの市場に買いに来たわけだけど…


私は市場に並ぶたくさんの商品の中の一つに目を奪われた。


兎のぬいぐるみーー





正直に言って私は今まで欲しい物を買ってもらった事なんてない。

でも日々生きる事に精一杯だったし、兄ちゃんが一緒に遊んでくれたから全然不満はなかった。


けど私だって欲しい物くらいはある。同じ年頃の子供がオモチャで遊んでいたのを見て羨ましく思った事もあるけれど…



「神楽ー」

ふいに兄ちゃんが私の手を取った。

「なーに、兄ちゃん」

「何か言いたい事あるんじゃないの?」


ぎくり、

兄ちゃんはにこにこと笑みを絶やさない。

なんでこんなに鋭いんだろ?
一度本人に聞いてみたいものだ。


「別に何もないヨ?兄ちゃんこそなんでそんな事聞くアルか」

私はそっぽを向いて言った。

「うーん…ま、それなら言いかな」

兄ちゃんは一人で納得して帰ろうか、と私の手を引いた。




帰り際またあのぬいぐるみの店を通った。

「…そっか」

「?…何ネ」

「なんにもないヨ」



そんな他愛ない話をしながら私達は帰路を手を繋いで歩いた。



****



「神楽」

「んー何アルかー?」

「ごめん」


はい?

私は部屋のど真ん中でごろごろしていた。

兄ちゃんは突然私の側に立ってこんな事を言ってきた。

「え?…何ネ?」

「…ごめん」


なんで兄ちゃんが謝るのかはさっぱりだ。

てゆーか、なんで謝る理由があるんだろう?

「兄ちゃん、なんで謝ってるネ?」


兄ちゃんは顔を俯かせた。

こんなにしょぼくれた兄ちゃんは初めてだ…


するといきなり温もりが走って私は兄ちゃんに抱き締められているんだ、と理解できた。

「兄ちゃん…?」

「神楽には迷惑ばっかりかけてるからさ」


ますます訳がわからなくなった。

なんで迷惑なんて言うのかさっぱりだ。


「この間市場に行った時さ、神楽兎のぬいぐるみ欲しかったんでしょ?」

「え…」

「本当は買ってあげたかった。…ううん、神楽には我慢させてばっかで…でも神楽に満足してもらうためのお金が無いんだ」

「……うん」


兄ちゃんの悲痛な思いが伝わってきたようで心が痛かった。


我慢してるのは兄ちゃんの方だよーー

いつも私を寝さかしてからこっそり家を出ていく兄ちゃん。

どこ行くのかな?なんて出来心で付いていった先に、兄ちゃんはボロ屋の下で布を売っていた。

『兄ちゃん、何作ってるネ?』

『んー服とか作る布』

『汚いやつアルナー』



…ごめんなさい、何も知らなくて。

その日は急いで家に戻って布団にくるまった。


兄ちゃんはいつも私と遊んでくれて、私の為に働いてくれて。

何一つ自分の時間を持ってない。



私の心は申し訳なさでいっぱいになった。



「ごめんなさいネ兄ちゃん」

「えー?…」

「ごめん、迷惑かけてごめんアル」

「ふふ、立場逆転じゃん」




兄ちゃんは優しい笑顔で言った。



「神楽がずっと一緒に居てくれたらそれでいいんだよ」






欲しい物も裕福な暮らしも何もいらない

ただ、兄ちゃんが居てくれたらそれでいいーー






END






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