短編
□君へたくさんのありがとう
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この寂しい故郷に来たのは何年ぶりだろう。
相変わらずここは雨ばかり降る暗い土地。
肌を覆うじめっとした感覚にどこか懐かしさを覚えた。
何故俺がこんな所へ来ているのかというと、元老からの命令でここで取引をするらしい。
どうせ俺にとって全く利益のない取引だろう。
そんなつまらない事は阿伏兎に任せて俺は見覚えのある所を散策しようということだ。
ふらふらとどこへ行く宛もなく、傘をくるりと廻しながら雨の中を歩く。そして何かに吸い寄せられるように着いたその場所。
そこは人の気配、いや生き物の気配などまるでない寂れた墓地だった。
今まで死んだ人間を供養する習慣などなかったので、墓というモノに対面した事はなかった。
そんな事を考えながらふと目に止まった一つの墓。
それはとても脆そうな造りで出来ている物だった。
木をくくりつけ十字架に見立てた物が地面に突き刺さっているだけの、貧相な墓…
しかし次の瞬間、俺は目を見開いた。
その墓の傍には見覚えのある文字があった。
それは古びた紙切れ。
けれど文字はしっかりと読み取れる。
『マミーへ』
『マミー、私地球に行くアル。もうこんな所で1人で待つのは嫌ヨ。パピーも兄ちゃんも帰ってこないアル。だから私ここから出ていくネ。マミーだから私を見守っていてヨ、きっとパピーと兄ちゃんを仲直りさせて、三人でまた来るアル。神楽』
その紙切れは何度雨に濡れただろうか、紙はふにゃふにゃになっていた。
この紙切れに書いてある願いは未だに叶えられていない。
だって俺は母さんが亡くなっていた事に今日気付いたんだから。
きっとこの墓は神楽が1人で作った物だろう。
俺の知らない所で君はたくさんの荷を抱えながら生きてきたんだね−−
俺は静かにその墓に手を合わせた。
こんな薄情者な息子でごめん、母さん。
たくさん心配かけてごめんなさい…
そして神楽。
1人で苦しい思いをしたんだね。
本当にごめん。
母さんを最後まで護ってくれて、ありがとう。
母さんのお墓を作ってくれて、ありがとう。
何度言っても足りない、
君にたくさんのありがとう
END
たまには墓参りに行きなさい。