drrr!!

□みらくるちぇんじ!
3ページ/5ページ



「おいしかったですね、ケーキ」
「そうだな。フェアが終わったらまた来るか」
 店を出た後、しばらく二人で歩く。なぜかいつも以上に視線が突き刺さるような気がする。
「あ」
「どうした、三好?」
 急に三好が立ち止まる。それに合わせて俺も止まる。
「狩沢さんに服返してもらってない……」
 違和感がないせいですっかり忘れていたが、そういや女の格好してたんだっけか。どうやら元々来てた服は狩沢が持ってるらしい。
「あー、そういえばあいつら、俺たちよりも早く出て行っちまってたな……」
「どうしましょう。連絡しようにも、携帯ズボンのポケットに入れっぱなしなんですよ」
「俺はあいつらの連絡先知らねえからな……」
 困ったように眉を下げる三好。まあ実際困ってるけどな。あいつらの行動パターンは俺には読めねえ。
「いつもならアニメイトとかとらのあなとかにいるんですけど……」
「じゃあ一応行ってみっか。まだそんな遠くには行ってねえだろうし」
 さすがにこの格好で電車に乗って家に帰るわけにはいかねえか。家に帰って親に見られたら嫌だろうしな。
「この格好で池袋を歩き回るんですね……」
 三好は渋い顔をしたが、溜息を吐きつつもしょうがないですね、と零した。
「知り合いに出くわさないことを祈るしかないです……」
 あまり姿を見られたくはないのか、俺の陰に隠れるようにぴったりくっついてきた。やべえ、なんか心臓がバクバク言ってる。俺の服の袖を握る仕草に胸がきゅっとなった。
「あんま人に会わないうちにとっととあいつら見つけるか。行くぞ、三好」
 傍から見れば恋人が仲睦まじく歩いているようにしか見えないのだが、当の本人達はそのことには全く気付いていないのであった。
「見つけたぞてめえ! おいそこのバーテン服!」
「あ?」
 不意に声をかけられて振り向く。
 バーテン服で振り返っちまうのは最早条件反射だな。まあ実際、街中でバーテン服で歩き回ってんのなんて俺くらいなわけだし。
「誰だ、てめえ」
 怪我でもしてるのか、頬にガーゼを当てたいかにもチンピラな格好の見覚えのない男。周りには二、三人同じようなやつをはべらせてる。
 よそから来たやつは割と俺のことを知らねえ奴らが多いから、見た目だけでケンカ売ってくるやつが多い。最近はなんか絡んでくるやつ多いし、そもそもケンカを売ってきたやつをいちいち覚えてたりはしない。
「忘れたとは言わせねえぞ! 五日前、よくも俺のことをコケにしやがって!」
「五日ぁ? んな昔のこと覚えてるわけねえだろ」
「うるせえ! お前ら、囲っちまえ!」
 いつの間にか、典型的な釘バットやら鉄パイプやらをもったやつらが十数人で俺のことを囲んでいた。あー、めんどくせえな。
「静雄さん……」
 不安そうな声と、腰の辺りの服をつかまれる感触。あ、やべ。今日は三好もいたんだった。
「俺はお前らとケンカする気なんてねえよ。とっとと地元に帰れ。大体昼間っからこんな往来で物騒なもん出してんじゃねえよ」
「うるせえ! なんだよ、怖気ついたのか?」
 ああ、めんどくせえ。怒りがふつふつと腹の底からこみあげてくる。
 いっそのこと感情のままに怒りを爆発させてしまおうかと思ったが、ここで暴れたら三好に怪我させちまうかもしれねえ。ここは我慢だ、我慢……
「お? おい、女がいるぜ?」
「マジだ。しかもけっこう可愛いじゃねえか」
「あいつシバいた後、一緒に遊び連れてこうぜ」
 その言葉で、自分にかけていたリミッターがあっさり吹っ飛ぶのを感じた。
「俺の大事なやつに手ぇだしたら、てめえら全員砂にすんぞゴルァ!!」
 気づいた時には手近にあった道路標識を引き抜いて、思いっきりスイングしていた。
「あ」
 それこそバットで打ったボールのごとくチンピラたちが吹っ飛び、道路に停止していたトラックの壁面に叩きつけられていた。またやっちまったと思いつつ、引き抜いた道路標識を元の場所に突き刺し(曲がってたけど)、頭をかく。
「ひいいいい! あいつ、化けもんかよ!」
「に、逃げろ!! 殺されるぞ!」
 蜘蛛の子を散らすようにチンピラ共が退散してゆく。まあ、これでもうあいつらも俺に絡んでこないだろう。
「すまねえな、三好。怖い思いさせちまって……」
 ずっと腰の辺りにしがみついていた三好に声をかける。その肩は細かに震えている。怖いと感じたのは俺か、それともチンピラか。
「いえ、僕は大丈夫です。それに……」
 顔を上げた三好は、少し照れたようにはにかんでみせた。
「静雄さん、すごくかっこよかったです。守ってくれてありがとうございました」
「……おう」
 なんか照れくさくて、顔をそらして頬をかく。同時に、怖がられなかったことに心の中で安堵する。
「えへへへ……」
「なんだよ、妙に機嫌がいいじゃねえか」
 緩んだ頬を隠すように両手を頬に当てる三好(隠しきれてねえけど)。そんな仕草もかわ……あー、うん。違和感ない。
「なんかよくわからないですけど、嬉しいんですよ」
「なんだそりゃ」
 話しているうちに、人通りの多い通りに出た。
「おっと、危ねえ」
 人にぶつかりそうになった三好の手をつかんで引き寄せる。
「わ、すみません」
「危ねえからちゃんと前見て歩けよ」
 なんか妙に人通りが多いな、今日は。ああ、そういや今日は土曜だったな。だから人が多いのか。
「今日は人いっぱいですね……」
「そうだな、休日だからだろうな」
 三好も同じことを考えてたみてえだ。
「はぐれんなよ」
「はい」
 握った手をきゅっと握り返す感触に満足し、手を引いて人ごみを歩いた。









「うーん、いませんね……」
 やっとたどり着いたアニメイトだったが、狩沢たちの姿はない。三好は肩を落としている。
「他にあいつらのいそうなとこ知らねえのか?」
「僕が知ってる限りではここしか……ううう、どうしましょう……」
 再び泣きそうになる三好の頭を撫でてやりながら俺も考える。が、所詮俺の頭では名案は思い付かない。
「とりあえず、セルティにでも頼んで……」
「お前、もしかして静雄か?」
 三好が瞬間的に俺の陰に隠れる。そんなに知り合いに見つかるのが嫌なのか。
「おう、門田」
 アニメかなんかのキャラみたいのがドアに書かれたバンから顔を出していたのは、同級生の門田だった。
「やっぱ静雄か。珍しいな、こんなところにいるなんて」
 こいつならあの二人と仲いいし、連絡くらいとれんだろ。
「ああ、ちょっと人を探しててな。狩沢と遊馬崎知らねえか?」
「ああ? あの二人なら今日は新しくできたケーキ屋行くっつってたが……」
「まあ、そりゃ知ってんだけどよ……悪りいけど、連絡とってくんねえか?」
 そう頼めば怪訝そうな表情をしながらも携帯を出してくれた。なんやかんやでいいやつだからな、門田は。
「別にいいけどよ……珍しいな、お前があの二人に用があるなんて」
「いや、用があるのは俺じゃなくて……」
 と、服を引っ張られる感覚がして目を落とすと、三好が人差し指を口に当てている。ああ、門田にばれたくねえのか。
「ん? 後ろに誰かいるのか?」
「あー、いや、その……」
 こういう場合、なんてごまかしゃいいんだ?
「女か? まさかお前、彼女か!?」
 いや違う。彼女じゃねえんだよ。というかなんでそんなに食いついてんだお前。
「いつの間に女なんてつくったんだよ。そうと知ってりゃお祝い位したのによ」
 お祝いって、お前は俺の母親か。
「いや、こいつはだな……」
「なんならこれから露西亜寿司でもいってお祝いするか? 狩沢と遊馬崎も呼ぶからよ」
 ダメだ、聞いちゃいねえ。
 一回ガードレールでも投げつけてやれば静かになるだろうか。そんなことを考え始めた頃、後ろに隠れていた三好がおずおずと前に出た。
「あの……門田さん、僕です。三好です」
「……は?」
 鳩が豆鉄砲くらったって、こういう顔のこと言うんだろうなと、門田の表情を見てそう思った。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ