drrr!!

□さびしんぼうとカニ
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 連れてこられたのはいかにも高級日本料亭といった店だった。座敷に通されしばらく待つと、着物を着た仲居さんが鍋を運んで来た。
「というわけで、三好君の好きなカニ鍋にしてみました☆」
「なんで僕がカニ好きなこと知ってるんですか」
「サイモンに聞いたんだよ。よく食べに行ってるんだろ? ああ、お金のことは気にしなくていいよ。今日は俺が奢ってあげるから」
 にこにこと笑う臨也さんに後が怖い気もしたが、今の財布の中身ではこの高級料理店の代金を払うことはできない気がする。さっきメニュー表を見たけど、一番安いお品書きでも僕の一ヶ月の食費半分以上持っていかれそうな値段だった。
「……いただきます」
 箸をとって鍋をつつけば、臨也さんの笑みがますます深くなった。僕は選択を誤ったかもしれない。
「美味しい?」
「……おいひいれふ」
 頬張ったカニは甘くて身がぎっしり詰まっていて、悔しいけれど美味しかった。








 二人で鍋を堪能し、デザートである餡蜜もいただいて食後のお茶をすする。和やかな一時だった。
「向こうにいる間、お友達とは連絡とってたの?」
 首を振ればまあ知ってたけどね、と臨也さんは薄く笑った。
「君がいない間に、池袋も君のお友達もだいぶ変わったからねぇ。驚くかもしれないよ」
 実に楽しそうに話す臨也さんに、薄ら寒いものが背筋を這い上がる。
「……なにを、したんですか」
「おやぁ? 三好君は俺がなにかしたと思ってるの? 心外だなぁ」
 やれやれと首を振るその芝居めいた仕草に、確信めいた予感が頭の中に広がる。この人は自分の手は汚さず風を吹き付けて火種を広げ、大きくさせてその様子を眺めるような人物だ。本人はああ言ってるけど、きっと何かしたに違いない。
「……僕、帰ります」
 荷物をつかみ、部屋を出ようとする。
 く、と腕を引かれ、立ち上がりかけていた僕はバランスを崩した。
「う、わ」
 ポスン、と納まったのは臨也さんの腕の中で、顔前に臨也さんの端正な顔があって少しドキリとした。机に打ち付けた腰が痛い。
「おや、もう帰っちゃうの? 残念だなぁ、久し振りの再会なのに。もっと積もる話でもしようよ」
 慌てて突き放そうとした右腕をつかまれ、逃げをうった腰も抱き寄せられ、顔を覗き込まれる。
「まさか、この俺が何の見返りもなく君に奢るとでも思ってたわけじゃないよねえ?」
 紅い瞳に至近距離から見据えられ、息が止まる。ドキリと心臓が跳ね上がった。
「お代に、君の『ハジメテ』でももらおうか……?」
 臨也さんの顔が近づいてくる。息がかかるほどの近さまで迫った臨也さんに耐え切れず、思わずぎゅっと目をつぶった。


















「………………?」
 何も起きない。恐る恐る目を開けると、悪戯めいた微笑みを浮かべた臨也さんが、にやにやと僕を見つめていた。
「キスされると思った?ざーんねん!」
 あははは、と笑いながら軽く額を小突かれる。一瞬何が起こったかわからず頭が真っ白になるが、すぐに状況を理解して顔が真っ赤になる。
(これじゃまるで、僕が期待してたみたいじゃないか!)
 そんな胸中を知ってか知らずか、臨也さんはにやにやと意地悪な笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んでくる。
「真っ赤な顔しちゃって、可愛いねぇ。あ、もしかして期待してた?」
「張り倒しますよ、臨也さん」
 空いている左手を振り上げれば、腰に回されていた手で掴まれて押し倒された。
「あははは、怖い怖い。そんなに狂暴だったっけ、君?」
 まるで遊んでいるかのように無邪気に笑っている。相変わらず掴み所のない人だ。頭痛を感じ、目を閉じて今日何度目かわからない溜め息を吐いた。

「君さぁ、ちょっと危機感なさすぎなんじゃない?」
「え?」

 唇に、柔らかい感触。
 見開いた目に映ったのは、超至近距離にある、臨也さんの紅い瞳。
(は? え? え? 何これドッキリ?)
 数秒だったか数十秒だったか、はたまた数分だったのか。混乱した頭のまま紅い瞳を見つめていれば、まるで笑っているかのように目が細められ、やっと唇が離れた。
「ほんっと、隙だらけ」
 最後にぺろりと唇を舐めると、臨也さんの顔は離れていった。その顔は、今まで見たことがないほど柔らかく微笑んでいた。
「さーてと。鍋も堪能したことだし、俺はそろそろ新宿に帰るとしようか」
 まるで何事もなかったかのように立ち上がり、歌うように言葉を口にする臨也さんを、僕はただポカンと見ていた。
「ああ、お金の心配はしなくていいよ。無理矢理付き合わせちゃったわけだし、帰りのタクシー代も含めて俺が払ってあげるから」
 いつものコートを羽織り、部屋を出ていく臨也さん。と、顔だけを襖の間からだし、臨也さんはにこりと笑った。
「じゃ、またね。御馳走様、三好君」
 自分の唇をトントンと指差し笑うと、ひらりと手を振り今度こそ臨也さんは帰っていった。
















「………………」
 座敷に寝転んだまま、ただ天井を見上げていたが、ふと自分の唇に触れる。
『御馳走様』
「っ!!」
 臨也さんの柔らかな微笑みが浮かび、一気に首まで真っ赤になった。
「臨也さんの……バカ…………」
 恥ずかしさで真っ赤になった顔を両手で覆い、火照った顔が冷めるのをただ待っていた。




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