拍手御礼

□誰にでもスキだらけ
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「これは巧克力といってな、西のほうの甘い菓子だ。毎年この時節になると、女が想いを寄せる男や世話になった相手に贈るのだそうでな」

だから今の時期には居留区にも出回るのだと言って、男が小さな箱を開けて見せる。
手のひらに乗るほどの小箱の中には、一口大のつやつやとした黒い粒が六つばかり。

「これは、本当に食べられるのですか?」

陶器のような光沢を持つそれが本当に菓子なのだろうか、と思わず首を傾げた飛に、男は笑って箱を差し出す。
頭の中まで痺れるような、甘い香りがふわりと漂った。

「ご子息にも一つあげよう」

めったに手に入らぬものだから、と、優しいまなざしを向けてくる男に礼を言って、飛はその黒い粒を一つ手に取った。

もらった巧克力を大切に皿の上に乗せる、茶房主人の幼い子息の愛らしい姿に、客の男は微笑んだ。




頼まれた茶葉の配達を終えて、雷英は茶房の裏門から小さな庭へと入った。

年若いが精悍な顔立ちの美男と言っていいだろう雷英は、朗らかな人柄もあってご婦人がたに受けが良い。
わざわざ彼に届けさせてほしい、と名指しで茶葉を買うものもあるほどで、今日もあちらこちらで引き止められたためにすっかり帰りが遅くなった。

「参ったぞ……」

店を閉める時刻には間に合っただろうか、と頭をかきつつ戸をくぐる。

「ただいま戻りました」

声音に気まずさを滲ませる雷英を、茶房主人が穏やかな笑みで出迎えた。
どうやら店じまいは終えてしまったらしい。

「相変わらずの人気者だったようですね、雷英」

咎める調子ではないものの、仕える主のからかい文句に雷英は思わず肩をすくめた。

「すみません、帰りが遅くなってしまって」

ふふ、と笑って、主人は茶器を拭く手を休める。

「構いませんよ。おまえにはいつもよく働いてもらっているのですから、時にははめを外してきても」

年頃なのだから、たまに一晩戻らなかったとしても咎めはしませんよ、と、この主にしては珍しくあけすけなことを言われて、少しばかり笑顔が引きつる雷英だ。

「ご冗談を、師父。一晩店を開ける甲斐性など、俺にはありはしませんよ」

「おや、そうですか」

くす、と笑みをもらす主人には、自分の抱く淡い想いなどお見通しなのだろう。

「失礼します、店の片付けを手伝ってきますので」

気まずさを誤魔化すようにその場を逃げ出し、店里の内へ足を踏み入れると、床を掃き清めている弟弟子の姿が目に入った。

十をいくつか出たばかりの少年だが、この年頃にしても体が細く、愛らしい顔立ちとも相まって少女と間違われることもしばしば。
強くなりたい、と願っている本人にとってはそれがいささか気になるようで、そんな時はひときわ熱心に稽古の得物を振るう様も雷英にとっては微笑ましい。

幾年か前に初めて会った時、女の子だと勘違いをして一目惚れをした。
男と知って衝撃を受け、それきりで終わる想いだったはずなのだが、

「師兄、お帰り」

ふわりとほころぶ花のような笑顔が、出会ったあの日よりもいっそう愛おしいのはなぜなのだろう。



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