拍手御礼

□誰にでもスキだらけ
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「悪かったな、小飛。茶房の手伝いをおまえ一人に押し付けて」

謝る雷英に小さく首を振って答える途中、くす、と飛が笑いをもらす。

「俺の顔に何か付いているか?」

「いや……師父が、今日はあんたの帰りが遅くなるだろうとおっしゃっていたんだが、本当だったなと思っただけだ」

本当にもてるんだな、と、曇りのない笑みを向けられて、雷英は普段のとおりに笑ってみせる。

「なんだ、嫉妬をしてはくれないのか」

「……どうだろう、よく、分からない」

戯れ半分の台詞に、思いがけず真剣な答えが返って、どきりと心の臓が跳ねた。

「男にでも女にでも、あんたのようにたくさん好かれるほうがいいとは思うが……それよりも俺は、師父をお守りできるくらい強くなるほうが先だから――どうしたんだ、雷英?」

「……なんでもない」

心なしか肩を落とした雷英が、手のひらに収まる丸いあたまを撫でて溜め息をついた。

「おまえはきっと、俺なぞよりずっと人から好かれるようになるさ」

帯の間にしまい込んだ薄い箱を指先に触れて、雷英は微笑んだ。

裕福な商家の寡婦から押し付けられた西の菓子。
あちらの国では女が男に想いを込めて渡すのだとか。
けれど、彼女が、他にも幾人もの若い美男に秋波を送っていることは知っていた。

そんな偽りの想いなどではなく、この弟弟子ならば心からの想いを寄せてくれる相手がいくらでも現れるに違いない。

その姿と同じほどに、美しく優しい心を持った少年。
彼が、少女たちから一途な想いを掛けられるようになるのはすぐのことだろう。

ならば、せめて今のうちだけは――


貰いものの菓子に紛れさせて、

その謂われなど知らないであろう相手に、

密かな想いを渡すことくらいは許されるだろうか。



「そうだ、雷英」

何やら思い悩む兄弟子の様子に首を傾げていた飛が、不意に笑顔になって、

「今日、店に来ていた大人にもらったんだ。師父は甘いものがお好きではないから、これはあんたに」

差し出した皿の上には、雷英の隠し持っているものと同じ、異国の菓子がひとつ。

愛しい男に想いを込めて渡すという菓子を自分にくれると言うのに驚いて、けれどすぐに、心優しい少年が、兄弟子に分け前をくれようとしているのだろうと思い直した。

「おまえ、これを渡すのがどういう意味か知っているか?」

揶揄うように言ってみるが、

「ああ、知っている」

得意げな応えに言葉を失う羽目になった。

「だから、師兄に渡したくて待っていたんだ」


初めて会った時に、愛らしい少女だと思った、その笑顔。

男だと知って、それきり終わるはずの想いだったが、


「本当にいいのか、小飛」


なぜか、出会った時よりいっそう愛しく思えて。



「もちろんだ。普段世話になっている人に渡すと聞いたから、これはあんたに貰ってほしい」

「…………世話?」



「雷英? もしかして、あんたも甘いものは嫌いだったか?」

「いや……ああ、なんでもないんだ」

ありがとう、と笑って、少年がつまんでくれた菓子を口に含む。
溶けて広がる甘味が目にまで染みて、

「美味いな」

舌に残った後味は、少し塩辛いような気がした。



帯に隠した菓子の箱は、当分開けられそうにない。



終.
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