パラレル
□願い唄
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"銀の月"で部屋を一室取ったあと。
休憩ができるようテーブルが並んだ一階の片隅に、マクシミリアンと雷英とが陣取った。
二人の間にある不穏な空気に、間に挟まれた飛蘭はしらずため息をつく。
「それで、この男はいったいなんだ、小飛」
先ほどから、む、と眉をしかめたままの雷英が問えば、
「それはわたしの台詞だ。飛蘭に知り合いがいたとは驚いたが、長いこと封じられていたこの男の知り合いというからには、おまえも人ではあるまい」
吸血鬼か、と酷薄な笑みを浮かべてのマクシミリアンの台詞だ。
「待ってくれ、雷英は、人の命を奪うようなことは……」
眉を寄せた飛蘭が庇おうとするのを遮って、
「貴様、何者だ。なぜ小飛にくっついている」
見知らぬ男がなにやら深く事情を知っている様子に、雷英が、す、と目を細める。
「わたしがくっついているのではなく、この男がわたしに着いてきているのだ」
「おい、マクシミリアン――」
あんたは黙っていてくれ、と止めるのを鼻で嗤って、
「わたしに殺されるためにな」
なにしろ、こちらは魔物退治が生業。
であるからには、出向く手間が省けるものを断る必要もあるまい、と。
何を隠すことがあるのかと言わんばかりにそう明かすマクシミリアンに、飛蘭はがっくりと肩を落とした。
「なっ……ばかな、ふざけるな!」
顔色を変えて絶句した雷英が、ようやく口のききかたを思い出し、喘ぎながら怒鳴る。
「雷英、他の客に聞こえる」
飛蘭に窘められてなんとか腰を下ろすが、とうてい納得できないという顔で唸り声を上げた。
「小飛は、城で眠っていたはずだ。俺が眠らせた。人の血を吸わずとも済むようにな。それを……封印を解いたのは、貴様か」
「そうだ」
雷英の怒りなど意にも介さず、マクシミリアンは涼しげな顔。
「人を襲う前に殺してくれと言うのでな。こうして伴にしている」
「馬鹿なことを言うな、そんな必要はない。魔物退治だと? そもそも貴様が封印を破ったりしなければ、小飛は無事に眠っていられたんだ。なあ、小飛、」
険しい顔を僅かばかり緩めて、小飛、と呼びかける。
「おまえも、何も望んで目覚めたわけではないだろう。俺がもう一度おまえを眠らせてやる。そうすれば何も心配することはない。さあ、一緒に帰ろう」
ともにあの城へ帰ろう、と言われて、意外なほどに飛蘭は戸惑う。
雷英の手を借りれば再び眠りにつけるのだ、ということを、たった今まで思いつきもしなかった。
確かにそうするのが一番良いのだと、以前の自分ならば頷いていたはずの誘いに、
「せっかくだが、雷英、俺は……」
けれど、それはできない、ととっさに思ってしまう。
「マクシミリアンと……この男と、共に行く」
こうして城の外にいる限り、いつ人を襲うか知れたものではない。
そうと知りつつ、再び眠ろうと思わないのは、なぜ――
朽ち果てるまで共にと、約したからだろうか。
それとも――
「小飛、いったいどうしたと言うんだ」
おのれの心を測りきれずにいる飛蘭の様子に、雷英も訝しげに眉を寄せる。
「……言うべきかどうか迷ったが、おまえ、血の臭いがするぞ」
俺がおまえを封じたのは、おまえがおのれで命を絶ちかねないほどに吸血を嫌っていたからだ。
それなのに、今のおまえからは血の臭いがする。
なにがあったのだ、と案じる声音に、飛蘭はくちびるを噛んだ。
「すまない、雷英。詳しいことは話せない。だが、あの城でただ安穏と眠るよりも、俺は、外で生きたいんだ。この身体が滅ぶときまで」
「小飛……」
傷付いたような目の色を隠して、雷英は眼を伏せる。
「わかった。おまえの思うようにするといい。だが、もし気が変わったら、馬鹿なことを考える前に俺を呼ぶと約束をしろ」
俺の知らないところでいなくなってくれるなよ、と真剣な眼差しを向ける雷英に、飛蘭はふわりと笑んだ。
「ありがとう、雷英」
「……礼を言われるようなことじゃない」
こぼすように呟いて、雷英が密かなため息だ。
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