パラレル

□願い唄
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街には人が溢れかえっていた。

通りに並ぶ店々は、色とりどりの果物にいい匂いのする菓子、若い娘の好みそうな安い装飾品などで人々を誘うのに必死だ。

道を歩く人の多さに呆れながら、細身の若者が雑踏の中を縫うように進んでいた。

漆黒の長い髪を後ろにひとつに結ったすっきりとした美貌に、少し古風な品良い衣装。
それが流行遅れというよりもどこか神秘的で、いっそう人の目を惹きつける。
道行く人々がわざわざ足を止めてまで振り返るのを気にも止めずに、若者が大通りへと抜けていった、その先。



「……定宿というのは、あれか」

三日月の模様に"銀の月"の文字が描かれた看板を見上げて、若者――飛蘭が立ち止まる。

ここまで行動を共にしてきたマクシミリアンは、剣を研ぎに出すというので、街の入り口で一旦別れた。
マクシミリアンが剣を預けに行く間に、こちらは宿を取っておくように仰せつかったわけである。

まだ日は高いが、確かにこの人の多さでは、早めに部屋を取っておく必要がありそうだ、と。
おのれが眠っていた古城の、麓の村との違いに感心しながら、飛蘭が宿の戸をくぐろうとしたとき、

「小飛!」

聞き覚えのある声に、そう呼び止められた。
長いこと城で眠り続けていた飛蘭の名を知る者は限られている。
こんなところでその数少ない相手に出会ったことに驚いて、飛蘭は振り返った。

「探したぞ、小飛」

小飛、と呼びかけたのが、長い黒髪を背に垂らした背高い男である。
男らしく整った美男面に朗らかな笑みを浮かべて、その男が飛蘭の頭を軽く叩いた。

「雷英……」

驚いて見上げる飛蘭に、懐から焼け焦げた羊皮紙を取り出してみせ、雷英はひらひらとそれを振る。

「こいつが燃え出したんで、何事かと思ったぞ。いったい何があった」

「……それは?」

黄ばんだ羊皮紙には、元は文字やら図形やらが細かく書き込まれていたようだ。

「ああ、これか。これはな、おまえを封印した術式の札と対になっている。封印が破れれば、こうして燃えあがって知らせる仕組みだ」

慌てて城に戻ってみれば、術は解かれて寝台はもぬけの殻。
さんざん心配をしたぞ、と屈託なく笑う雷英に、飛蘭はようやく笑みを返した。

「急に姿を消してすまなかった、雷英。あんたも無事でなによりだ」

「その様子なら、こうして慌てて探し回る必要もなかったか。それにしても、いったいどうして封印が解けたんだ」

「それは――」

おのれを退治しにきた男に封印の眠りを破られた。
そればかりか、その男と行動を共にしているのだとは、兄とも慕う目の前の相手には言いづらい。

マクシミリアンのことを知れば、この男は必ず飛蘭の身を案じるに違いなかった。
引き離そうとするくらいならまだいいが、過保護が過ぎてマクシミリアンに斬りつけかねない。

「……その、目が覚めたら札が剥がれていたんだ」

苦しい言い訳とは知りつつ、嘘ではないのだから、とそれだけを教えると、雷英は訝しげな顔で腕組みだ。

「札がか?」

そう簡単に剥がれるはずはないんだがな、と首を傾げる雷英の腕を引いて、飛蘭は宿の前を離れた。
マクシミリアンが戻る前に、首尾よく雷英に立ち去ってもらわなければならない。

とはいえ、城を出て外をうろついているわけを、いったいどう説明したものか――


「少し目を離した隙に浮気か。その男をいったいどんな宿に連れ込むつもりだ、飛蘭」


背後から掛けられた皮肉な声音に、飛蘭は思わず片手で顔を覆った。


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