パラレル
□生涯ただ一人の主
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夜である。
闇が触れられそうなほどに濃く、月星の明かりが貴婦人のドレスの裾のように踊る夜の、ここはめったに人の入らない森の中である。
「俺は魔物退治の助手になったのだと思っていたが」
行く手を遮る蔦を煩わしげに持ち上げながら飛蘭がこぼせば、
「本来はそうだ。だが、実のところそればかりでは商売にならなくてな」
生い茂る草を剣先で適当に払いながらのマクシミリアンの答えだ。
魔物退治が生業とは言っても、本物の吸血鬼などめったに出くわすものではない。
歳を経て人より知恵を持つ彼らは、時には深い森の奥に隠れ棲み、時には人のふりをして人間らに混じり、存在を気取られぬよう暮らすのが常。
いかに魔物といえど、群れた人には適わない。
それを忘れた連中だけが、時たまマクシミリアンのような生業の者たちに滅ぼされるのだった。
けれど、飛蘭がマクシミリアンと共に城を出てからというもの、一度として"本物"に出会ったためしがない。
近くの村で、半月ぶりに引き受けた仕事は、"盗賊退治"。
滞在中の食事と宿の対価に、森に潜んで近隣の村を荒らしている盗賊を追い払ってくれと頼まれた。
いかにも貧しげな村の様子を見れば、無論その頼みを聞くことに否やはない。
だが、けちな盗賊退治の依頼など切って捨てそうなマクシミリアンがこの仕事を受けたことが、飛蘭には少々おかしかった。
「あんたも人の子だったんだな、マクシミリアン」
「血も吸ったことのない吸血鬼のおまえよりはよほど、わたしのほうが魔物に近い。そもそもこんな仕事をしていると、魔物も人も性質の悪さはさして変わらんものだということがよく分かるぞ」
皮肉な口調に肩を竦めて、飛蘭は手近な木の枝をつまんで引き寄せた。
「先が折れている」
人が通ったしるしだ、と頷いて暗い森の中を見回せば、遠くに小さく松明の灯り。
あれが盗賊の根城、と言いかけて、飛蘭は口元を覆った。
静かな夜気を乱す松脂の臭いに、僅かに混じる、人の血の――
「どうやら道は間違えていなかったようだな」
人の身には、遠い距離の微かな血臭は感じ取れないのだろう。
草をかき分けるのには飽き飽きした、と言わんばかりのマクシミリアンの台詞を後目に、飛蘭は灯りの招くほうへと駆け出した。
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