パラレル

□導きの聖剣
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薄暗い城の地下室の中。

ランプの灯りを頼りに、飛蘭は厚く埃を被った木箱の蓋を持ち上げた。

僅かな灯りにも、きらりと鋭い輝きを放つのは、装飾美しい細身の剣である。

曇り一つないそれを箱の中から取り上げて、飛蘭は刻まれた銘を指先でなぞった。

"Last Judgement"

最後の審判、と書かれた文字を見て、マクシミリアンがくちびるの端を歪める。

「銀の剣か。おまえにとっては触れるのも怖ろしいはずだが」

吸血鬼にとって、銀は毒。
銀の剣などで身体を貫かれたなら、いかに不死の魔物といえども無事ではいられない。

それに加えて銘が『最後の審判』とは、いよいよもって吸血鬼の持ち物とは思えないが、と。

皮肉に笑うマクシミリアンに向かって、飛蘭は優美な剣の先を突き付ける。

「これは俺の剣だが、余人に向けるためのものじゃない」

「ほう?」

「使ってほしくはないが、どうしても必要になった時のためにと……俺をこの城に封じた男がくれた剣だ」

つまりは、魔物の身でこの世にあることに耐えられなくなった時、おのれ自身に、審判を下すためのもの。

抜き身を鞘に納めて、飛蘭が笑う。


「なるほど。その剣で切りつけたなら、おまえも生者として蘇るかもしれんわけか」

審判の日には全ての死者が蘇ると言うからな、と。
欠片も信じていない口調でマクシミリアンがこぼすのに、飛蘭は、え、と目を瞠る。

手の中の剣をじっと見下ろして、やがて漆黒の瞳を柔らかく笑ませた。

どこかすっきりとした顔になって、

「だが、今はあんたがいる」

魔物退治を生業とする男が側にいるのだから、もうこの剣をおのれに向ける必要はないだろう、と。

「待たせた。行こう」

銀の剣を腰に佩いて、飛蘭はマクシミリアンの顔を見上げる。
秀麗な面には、冷たい色の眼差し。

けれども、剣の刃よりも冷たいこの瞳にあって初めて、城を出てみてもいいか、と思えた。

この男なら、美しい銀の剣よりも確かに、この身体を滅ぼすに違いない――


"その時"を思って言い知れぬ歓喜を覚え、飛蘭は思わず苦笑をこぼした。


「……離れろと言われても、当分は離れてやれそうもない」


愉しげな台詞に、マクシミリアンが呆れた顔だ。





最後の審判の日には、死者が蘇り、全てのものが等しく裁かれる。
善良な者は天国へ。
悪しき者は地獄へ。


けれど、魔物であれば地獄へ行くものと決まっている。

現世に留まることが辛くなったとき、おのれの意志で行くべき場所へ行けるように、と、そういう意味だと思っていたが。


この剣をくれた男は、おのれが生者として蘇り、人として裁かれ、あわよくば天国へ召されるようにと、そんな願いを込めてこの銘をくれたのだろうか――



胸の中の懐かしい面影は、問いかけには応えずただ寂しげに笑むばかりだ。



END.


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