原作設定

□記憶喪失
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四龍(スーロン)島、西の白龍(バイロン)市。

市街の中央を貫く目抜き通りを山の手へと上がっていけば、『龍』(ロン)と呼ばれる領主の屋敷がある。

扁額に、「白龍屋敷」の文字。

まだ高い日の光に照り映える瓦屋根を見上げて、飛(フェイ)は屋敷正門をくぐった。

色街の古妓楼で短い眠りを取っていたところを屋敷の使いに邪魔されたのがつい先ほど。
急ぎの使者は珍しくもないが、ことさら目立たないようにと、わざわざお仕着せの青ではない地味な色の短衫(トァンシャン)を着せて寄越したのが気になった。

それはつまり、花路(ホワルー)の仲間のうちにも悟られたくない使いということではないか、と。

なんとはなしに嫌な予感を覚えながら、留守を預かる大兄たちには、心配ない、と頼もしく笑んでみせたのだった。


足を踏み入れた屋敷のうちに、特に慌ただしい様子はない。
大事が起きたというわけではなさそうだが、と訝しみながら、見張りの目を避けて主の執務室の窓へ。
慣れた高さを跳躍し、伸びた枝から幾何学模様の窓のうちへと降り立った。

衝立に仕切られた部屋のうちに、ひとの気配はなし。
すい、と廊下へ出ようとしたところで、聞き覚えのある規則正しい足音に気付く。

「万里大人」
「……飛ですか」

軽く目を瞠り、次いでほっと短い息をついて、屋敷執事が頷いた。

「急にお呼び立てして申し訳ありません。急ぎ、あなたにお知らせしたいことがあったものですから」

「なんだろう」

知らせとやらについて、使いの男は何ひとつ口にしていなかった。
よほどに内密の話かと眉をひそめる飛に、万里が頷きを返しつつ口を開く。

「実は、『白龍』が港で事故に遭われました。積荷の検分に立ち会われる途中で、荷が崩れてきたそうなのです」

事故、と聞いて、とたんに冷やりと胸が冷える。

「それで、『白龍』は」

無事なのか、と訊ねると、否とも応ともいえない様子で万里が目を伏せる。

「……崩れた荷であたまを打って、お怪我を。側にいたクレイ・ハーパーを庇われたようなのです」

とくに『白龍』を害そうとしたものではなく、ただの事故ではあったようなのだが、と説明しながら、珍しくそれと分かるほどに表情を曇らせる万里だ。

「幸い、怪我は大したことはないのですが」

主の居室の前で立ち止まると、それ以上の説明は不要とばかりに口をつぐむ。
どこか沈痛な面持ちのままの万里に促されて、飛は『白龍』の居室へと足を踏み入れた。


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