修行部屋
□『誘う』P.70〜74より
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狭い人力車の中、重い胸にのしかかられて、羽交い締めにされた格好。
固い座席にからだを押し付けられて、いい加減に四肢に痛みを覚えている。
飛は自由にならない首を相手に向けた。
島の人間より長身のマクシミリアンは、おそらく幌の天井にあたまが当たっているはず。
狭いとはいえ二人ぶんの座席はあるというのに、なにが悲しくて、わざわざ男ふたりで絡み合わねばならないのだと、詰まる呼吸を溜め息にかえる飛だ。
質の悪いごろつきさえ怯ませる眼差しで、離せ、と告げても、マクシミリアンの秀麗な面差しは涼しいまま。
「マクシミリアン……いかに不本意とはいえ、俺もいまさら俥を飛び降りやしない」
だから、離してくれ、と。
うんざりと訴える飛へ、含み笑いを聞かせておいて、マクシミリアンは顔を寄せてくる。
「せっかくこうして抱き合っているものを、すぐさま離れたのでは惜しいとは思わないか」
「思うものか!」
そもそも抱き合った覚えもないのだと無理に手足を突っ張れば、
「こう狭いというのも、悪くはない趣向だな」
くす、と笑んだマクシミリアンが、翡翠の揺れる耳朶に舌を這わせた。
未だに貫かれた痛みの残る気がするそこへ、無遠慮に触れられて、びくりと身が強張る。
吐息がうなじをくすぐったと思えば、くびすじに甘く歯を立てられた。
縄められる手足の痛みよりも、そのささやかな痛みにばかり神経が尖る。
噛み跡のうえをゆるゆると滑る舌。
わざとこちらの耳に聴かせるように立てられる、濡れた音。
あからさまに熱を煽ろうとするあざとい手管に舌打ちしながら、飛は絡みつく糸にも似たその愛撫を受け入れるしかない。
「堪えることはないだろう?――飛蘭」
低く、囁かれた名にぞくりと胸がざわめいた。
「たまには素直に嬉しいと言ってみろ」
「馬鹿な。嬉しい……ものか」
震える声は怒りのせいだとおのれに言い聞かせて、憎まれ口を叩いてみせるが、マクシミリアンは愉しげな含み笑いを返すばかり。
笑みに歪むくちびるに、くちびるを塞がれて、悪態さえも封じられる。
――溺れてしまいそうだ。
ひとつひとつ、この男に自由を奪われて、揺れる波の底へと沈められる――
胸を貫いた恐れは、歓喜に似ていた。
口中を嬲られる、くすぐったいような感覚が、次第に快感にすり変わる。
息が上がる。
握った拳に力を込めようとするが、うまくいかない。
「花路……どうしてほしいか、そのくちびるで、聞かせてみろ」
「……。……はなせ、っ」
マクシミリアンが、くす、と笑いをこぼす。
「従順すぎる獲物ではつまらんが……意地を張るだけ損をするぞ、花路」
飛の身体を捉えるマクシミリアンの力が、ふ、と緩んだ。
相手の腹に押し付けられていた下腹が、芯を持って布を持ち上げる。マクシミリアンの手指が思わせぶりにそこへ触れて、
「偽っても、無駄」
に、と笑むくちびるから目を逸らす。
おのれのようすが、はじめからすべて相手に知れていたのだとようやく気づいて、飛の頬に血が上る。
「わたしが欲しいと、正直に言ってみろ」
「ぁ……っ」
広いてのひらに自身を撫でられて、飛は身を捩った。
いつの間にか解かれた帯に手首を絡め取られる。
もう誤魔化しようもなく立ち上がったものに、長い手指が絡みつく。
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