原作設定
□記憶喪失
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「やあ、早かったね」
クレイ・ハーパーが振り向いて、気まずそうに笑うと場所を開けた。
寝台に腰掛けていた人物が、こちらの気配に顔を上げる。
長い銀糸の髪に、銀灰の瞳の――
「『白龍』」
そう声をかけた飛の目に飛び込んできたのが、髪の半ばを包帯に隠された主の姿だ。
『白龍』、マクシミリアン。
月のように冴えた美貌は少しも損なわれてはいないが、その秀でた額に巻かれた白い包帯が、まるで神龍に絡み付く忌まわしい縄のよう。
けれど、それ以上に飛の心に不快な波を立てたのは、見慣れたはずの相手の顔に浮かんだ初めて見る表情だ。
まるで、地上ではないどこか遠くを見つめるような。
「ほう、ずいぶんと美しい客だな。執事どの、彼はいったい何者だ」
穏やかに発せられた言葉の意味に一瞬遅れてから気付いて、思わず飛は目を瞠る。
揶揄でも皮肉でもなく、紛れもない本気の口調で執事にそう問いかけるマクシミリアンの顔を、ただ呆然と見守るしかない。
「万里大人、これはいったい……」
「ご覧の通りです、飛。わたしとクレイ・ハーパーの名前はさきほど覚え直していただいたのですが、どうやら、これまでの記憶をまるきり無くしてしまわれたご様子なのです。医生(イーシェン)の話では、あたまを強く打ったために一時的に記憶がどこかへ行ってしまったのだろうと……時がたてば元に戻ることが多いのですが、それがいつになるのかは、なんとも言えないそうです」
数日で戻るかもしれないが、10年たっても戻らないかもしれない。
「それで、こうして君に来てもらったってわけさ。俺や万里の顔じゃ何も思い出せなくても、大事な姫君の顔を見たら何かしら思い出してくれるんじゃないかってね」
クレイの台詞を半分は聞き流しながら、通りすがりの他人を見るような銀灰のまなざしを、飛はじっと覗き込む。
皮肉も揶揄も混じらないその視線が普段よりも胸に刺さると感じるのは、相手がこちらの素性を訝しみ、疑う気持ちを向けてくるからだろうか。
「……すまない、残念ながら期待には添えなかったようだ」
振り向かない飛の様子に、クレイと万里とが顔を見合わせる。
こちらを案じる気配の二人に、笑みをつくってみせる余裕がいまはない。
しっかりしろ、と拳を握り、無理にも相手をまっすぐに見返して、
「いまのあんたは忘れているようなので、改めて名乗らせてもらう。俺は花路を束ねる頭で、飛という。白龍の主であるあんたを支え、側近く従う者だ」
挑むような台詞を、そう突き付けた。
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