睦月

□Der Wind der Anfang
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結衣は涙でぐしゃぐしゃになった顔をゆっくり上げた。突然かけられた、女性の優しい声に。思った通り女の人だ。しかし、どこか浮き世離れした美貌と服装に結衣は少し涙が止まった。



《何故泣く?》
『ひっう…、こ、わいの…………』
《この駒谷がか?》
『ちっ、ちのいけって、あっくんがっ………』
《………人間の子、家はこの先か》
『っ………』



小さく頷く結衣。ぎゅ、と抱きしめられる時、白い着物が目に入る。カラン、と彼女の履いている下駄が音を発てた。そして彼女は立ち上がり結衣の頭を撫でるとこう言った。



《心配ないだろう、主の迎えが来た》
『え……『結衣ー!!』お、かあさ……。…あれ……?』
『よかったっ!心配したのよ!』
『う、ん………ごめんなさい……』



顔を上げた先には、もう優しい声音の女性はいなかった。しかし、結衣中には拭えぬ何かが残った。はっきりとは言えないが、現しにくいだけかもしれない。結衣の寂しい心を払拭してくれた優しい女性の存在感を。








もう少しで大きな通りにでる。結衣は楽器の入ったケースの帯を握る。ドキドキから最早ドクドクと鳴り変わった心臓音を鎮める気さえ起きない。ただ、時折聞こえる街灯の点滅音が、未だに自分が駒谷を通っているのだと知らしめた。ここ数年、この却却電球の切れない街灯のおかげ、この音が結衣をもう少しで家だ、と気を駆り立てていた。

カラン、、、カラン、、、。下駄を引きずる、否、下駄を履いた時に似た高めの音が急に後ろから聞こえた。ドクンッ、と大きく波打った心臓。鐘鳴りの如く早打ちする心臓に慌てながらも深呼吸をして歩きつづける。しかし、その足音は未だ続く。姿の認識が出来ない今、逃げている最中に若干泣き顔になっているのを誰も苛めはしないだろう。この結衣にとって地獄の具現体である駒谷通りを歩いている上、怖いものが滅法弱い結衣にとって、今やホラー映画を見ている気分だ。形容するならば、リンクだ。



「っ……………!」
<結衣、待て>
「っへ?」
<我を忘れたか?幼き頃より変わらぬ、泣き虫の結衣>



そう、目の前にいたのは、昔、結衣の中に入ってきて消えることのなかった、あの女性だった。















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