青エク

□彼女の寝言
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「いやだよう…燐…いかないでよう」

かなりビビった。
居残りで課題を片付けろ、そんな俺に付き添って一緒に教科書を開いていた愛理が眠りにつくのは早かった。あんまり気持ちよさそうな寝息をたてるものだから、俺としても起こす気になれず、幸いというべきか、その寝息は比較的可愛らしい部類のものだったので寝かせておいたのだが…あの寝言は本当に愛理のものであったのか。

「愛理…?」

「り…ん…怖いよう…」

愛理は可憐な見た目に似合わず、強い女だ。小学生の頃、飛び回るのに邪魔だからといって、男の自分より髪の毛を短くしたこともあった。今では肩ほどまでで揃えているけれど、それにしたって少々釣り上がり気味の瞳だとか、細くて綺麗な指をしているのに手入れをしないからかさついた手だとか、強いというよりは、男勝りと言った方がしっくりくるかもしれない。志摩なんかはオトコオンナな愛理ちゃん、なんて失礼のしの字も知らないのか笑って言っていたっけ。

「愛理、オイ、」

俺の名前が愛理の口から飛び出たことには驚きだが、嫌な夢にうなされている愛理をそのままにしておくのも気が引けて、シャープペンシルをノートの重しとして手から離してからゆさゆさと愛理の身体を揺らした。そこではじめて、愛理の身体が俺のもんとは違うことに気が付いた。こんなに愛理は線が細かったか。

「……っ…あ、…りん…?」

漸く瞼を薄らと持ち上げ俺を不思議そうに見つめる瞳が予想に反して潤んでいてぎょっとした。どうしたんだよ、なんて慣れない癖に頭を撫でてやれば、やっぱり細くて、案外柔らかい髪の毛に驚いた。

「…!!?あっわっ私寝てた!?ごっめーん!」

「悪い夢でも見たのか」

「ううん、全然」

あ、コイツってこんな下手くそな笑顔も浮かべるんだ、なんて俺も失礼のしの字を知らないようだけど。

「俺は何処にも行かねぇよ」

「は?」

好きな女置いてどっか行っちまう程俺も落ちぶれてねぇよ。愛理も失礼のしの字をしらない奴だよなぁ。






<<彼女の寝言>>




「アンタは足が速いから」

(何時から追い付けなくなったんだ)

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