夢制作

□クリシュナと偽物の恋人
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クリシュナ1 驚く



パシャリ、

シャッターをきって古いデジタルカメラにうつった、男子生徒の姿を確認する。
…うん。よく取れてる。

今日はこんなもんか、と思いながら登っていた木からそろりと足を降ろす。
何度も登っているが、スカートを履いているわけだしいつも慎重になってしまう。

地面に足がつくと安心感。
辺りを見回すとサッカー部が練習しているのが見えた。
…次はあそこで撮ろうかな。
私はカメラを握り直して、こそこそとグラウンドの隅に移動した。














「…名無しのさん、これ、お願いできますか?」

トイレで手を洗っていると、名前も知らない上級生からそう言って紙を渡される。
私も有名になったもんだ。と優越感。
…まぁ目立ちすぎても危険だけどね。

ハンカチで手を拭いて
紙に目を通すと、

六道黄葉
一年一組
体育をしているところ

と、可愛らしい丸い字で書いてある。

『…わかりました。
ストックがないので来週になりますが、いいですか?』

問うと、上級生は顔を赤くしながら首を縦にふった。

『それでは、お名前とクラスをこちらに書いてください。』

私はいつも常備しているメモ帳とペンを手渡した。
それを受け取った上級生はさらさらと文字を綴る。
…うん、やっぱり知らない人だ。

『はじめてのご利用なので、一枚百円いただきます。
二回目からは百五十円です。
よろしいですか?』

「よろしくお願いします!」

上級生から百円玉を受け取る。

『では、来週の月曜日に届けさせていただきます。』










「また依頼されてたんだ?」

私の前の席に座る武林ナナちゃんがにやりと笑いながらこちらを向く。

『大繁盛ですよ。
ぐふ。』

手でお金を表現しながら私も笑ってみせた。

私はこの楢鹿中高一貫校で盗撮をしている。
…本当は駄目に決まっているのだが。

しかしただの盗撮ではない。
生徒からの依頼を受けて、ターゲットを撮るのだ。
写真を撮るのは好きだし、けっこう上手いほうでもあるので撮った写真の評判は良い。

この学校の生徒は多いし、裕福な家庭に産まれている人も多いので、けっこう稼げる。
たまに多めにくれたり、物とかくれるんだよね。

中学二年の頃からはじめてはや三年目。今は高校一年の私だが、丁寧な仕事とその写真は信頼が厚い。私情を挟まない事でも有名だ。

「…名前自身に好きな人は?」

『いるように見える?』

「いや、ぜんぜん見えない。」

キッパリとナナちゃんに言われるとなんだか虚しいが、実際好きな人などいない。
まぁ正直に言うと、写真を撮っていると、被写体の素顔がけっこう分かるもので。
人気のある男子の残念な所はほとんど知っているため、恋もくそもない。
最近でいうと朝長くんだ。あんなに表裏激しい人はめったにいないだろう。
あの朝長くんの幼馴染、見た所よく被害にあってるみたいだけど、大丈夫なのかなぁ。










そんな感じで学園生活をおくっていたある春の日。
私は依頼を受けて、写真をとっていた。

レンズ越しに映るのは、人気の特に高いクリシュナ君だ。
名前が外人っぽいけど、ちゃんと日本語を話してるからよく分からない。
髪の毛の色はつややかで濡れたような黒だから、日本人なのかもしれないけど、そのはっきりとして整った顔立ちはどこか外人ぽくもある。

依頼されたのは昼休憩の姿だ。
クリシュナ君は友人の日向くんや六道くん、美濃くん、袴田くんとお弁当を中庭のベンチに腰掛けて食べている。

クリシュナ君がパック牛乳をじゅーっと飲みはじめたので、それに合わせてシャッターをきる。
…うん、いいかな。

そう思ってカメラから顔を離そうとすると、レンズ越しにクリシュナ君と目が合った。

『…やっべ。』

そうつぶやいたけど、緊張で動けない。
クリシュナ君は一瞬驚いたようにこちらを見て、そして、笑った。
…笑った?


はっ、となって緊張から開放される。
やっと体を動かす事ができたので登っていた木から慌てて降りる。
と、そこで足を滑らせてしまった。
木は、ターゲットに見つからないようにする為にけっこう高い。

『っっわっっ!』

くるべき衝撃から身を守るため、咄嗟に身体をひねって頭を両手で庇う。
どすっ!!
地面にお尻から落ちる。

『ーー〜〜っっ!!』

お尻の痛みに悶絶し、若干涙目になる。

そこへ人が走ってきた。

「っっ大丈夫?!
落ちた所が見えたから走ったんだけど間に合わなくて…」

それはさっき私が盗撮のターゲットにしていたクリシュナ君だった。

『…私は、大丈夫……って、カメラ!!カメラどこ?!』

大事なカメラが見つからない。

「…これな〜んだ?」

そう言って、日向くんが近づいて来た。
持っていたものは、

『私の…カメラ…!』

日向くんは私が動けないのを良い事に、データを見ていった。

「…朝長に、潤目に…クリシュナ?
比良坂に、ノア……尊川まで…
なんだこの統一性のない写真は…」

「…それってかっこいい人やかわいい人ばっかりじゃないかな。」

六道くんが日向くんに意見する。

「んなわけないだろ、だって俺が写ってない。」

どんだけ自分に自信があるんだよ…
…まぁでも日向くんの依頼はもう終わらせてあるからな…実は今日撮ったのは比較的、隙がなくて撮りにくい人達なんだよね。
…いやいやそれよりも

『…返して。』

「…いや、でもお前これって、とうさ…」

『そうだよ盗撮だよ悪いか!?』

ふんぞり返ると日向くんは眉間にシワを寄せた。

「堂々というなよ…
ていうか、そんなことすんなよ…」

『いいの、これで幸せになってる人もいるんだから。』

立ち上がって日向くんの手からカメラをぶんどる。
日向くんの手に爪が当たったみたいで、痛がってたけど気にしない。悪いのはそっちじゃん!

「…そうか、お前があの
"楢鹿の盗撮女"
か。」

袴田くんが目を丸くしてそう言う。

『…その二つ名微妙なんだよね。そのまんまだし。
ま、そういう事だから依頼があったら受けるよ』

宣伝もかねてそう言いながら、カメラの動きを確認する。
よっしゃ、壊れてない。

「…君にお願いしたいんだけど。」

しばらく黙っていたクリシュナ君が口を開いた。

『?
何を?』

写真…だとしたら大スクープだ。
あのクリシュナ君に思い人がいるという事だから。

「君さ、
僕と付き合ってくれない?」




(突拍子もない事を言う君。)
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