短編・シリーズ
□木吉短編集
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木吉夫婦
『木吉くん、今日食べたいものとかある?』
「ん?いや、特にないぞ。」
『…無難に鍋にしようか。』
「お、いいなぁ鍋。
もうそんな季節か。」
『あ、ネギ切らしてるかも…帰り際に買わなきゃだね。』
そんな通常運転の会話を聞いて、日向くんがはぁ、とため息をついた。彼の目は呆れたように細められている。
「お前ら本当に付き合ってねぇの?」
「『付き合って ないよ ないぞ』」
私の父さん母さんは、私が高校生になったと同時に仕事で海外へ行く事になった。
一緒に海外へ来るようにさとされたけれど、住み慣れた街を離れてしまうことや、外国での生活に尻込みしてしまい、私だけ残った。
私だけでは不安だと言った両親を説得してくれたのは近所に住んでいる木吉のおばあちゃんとおじいちゃん。
小さい頃から何度も遊んでもらっていたため、両親はなんとか納得した。
というわけで私は木吉家に居候する事となり、ほぼすべての家事をする事になった。せめてもの恩返しだ。
木吉くんは私の同級生で、つまり一つ屋根の下に若い男女がいるわけだけど、幼い頃からの変わらない距離感のせいか、特に何も起こらないし私も起こそうとは思わない。
けど、はたからみたら私たちは付き合っているように見えるらしい。
というよりもむしろ、
「本当に夫婦ねーあんた達。」
リコちゃんが笑いながら話に混ざった。
恋人を通り越して夫婦みたいだ、とはよく言われる。
まぁ木吉くんと家事の話とかしてたらそう思われても致し方ないと思うけれど。
「そうか?そうかもな。」
木吉くんはいつも、はは、と笑ってそういう言葉を適当に受け流す。寛容で優しく、根がしっかりしているのは彼の良いところである。
「ただいまー、お、いい匂い。」
『おかえりなさい、木吉くん。
予定通り鍋だよー。』
台所から鍋を見ながら木吉くんと会話を交わす。
ご飯はもう鍋を温めるだけだし、お風呂も湧いてるし…さてどっちを勧めるべきか。
部活で汗をかいているからお風呂の方がいいのか…いや、お腹空いてるよね?うーん。
そこでふとリコちゃんの言葉を思い出す。
夫婦みたいだ、という言葉を。
『…鉄平さん!ご飯にする?お風呂にする?それとも、私?』
夫婦設定で定番の言葉を振り返って言うと、木吉くんは目を丸くしたあと、深く考え込む様に、手を顎にあてた。
「うーん…」
『…あ、ごめん冗談のつもり、です。』
木吉くんは天然だかなんなんだか、妙なところで人とテンポが違う。
私の弁解をよそに、木吉くんはポンと手を打った。
「うん、まずはゴンベエだ!」
『え?』
お玉を持ったまま固まる私をよそに、木吉くんはずかずか歩いてきて、私を後ろから抱きしめた。
『…あ、あの…?』
戸惑う私にお構いなしにまわされた腕は力強く、温かい。
しばらくそのままの状態が続く。時間にしたら一分位なのだろうけど、体感時間はそれ以上だ。木吉くんの表情はこちらからは見えなくて、何を考えているのか分からない。
「……よし、終わり!
それじゃあ風呂入ってくるな。」
『あ、うん。』
何事も無かったかの様に…いや、対したことでは無い様に私から離れて、木吉くんは鼻歌交じりにお風呂場へ向かった。
お風呂場のドアが閉まったのを確認してから私はその場へへたり込んだ。
『な、な、なんだったの…?』
いや、木吉くんの事だ、きっと対した意味なんて持ち合わせていない。
…けど、私の方はそういうわけにはいかないわけで。別に木吉くんの事が恋愛的に好きだ!というわけでは無いけど、動揺せずにはいられない。
火照った顔を木吉くんがお風呂からでて来る前に何とか戻さなければ…!
ご飯を食べてお風呂に入ったあとはすぐに眠くなる。我ながら子供っぽいとおもうけどしょうがない。自然な事だ。
お風呂上りにテレビを見ているとぐらぐら来てしまった。
何とか寝ないように頑張ったけど無理だった。
ぐらり、と大きく傾いて、私は眠りに落ちた。
「ゴンベエ、おーい、ゴンベエ…ねてるのか。」
部屋で勉強した後リビングへ戻るとゴンベエがちゃぶ台にうつぶせて寝ていた。
なるほど、彼女も疲れているのだろう。
薄い毛布を持って来て、体を冷やさないようにかけてやる。
かけた瞬間に身じろぎしたゴンベエの表情は穏やかだ。
「…いつも、ありがとな。」
ゆっくりと、そっと、ゴンベエの頭を撫でると彼女は笑みを浮かべた。
思わずこちらも笑顔になる。
好きな人には笑顔になって欲しいものだ。
この間、新婚夫婦の様なやり取りをして以来、木吉くんは帰ってくる度にそのやり取りをする様になった。
おかえり、ただいま、その後に続く抱擁。…謎である。…はまったのかなぁ?
最初は固まってしまっていたけど、木吉くんに深い意味を求めても無駄だと言い聞かせて、今では私も、自然とその背中を抱きしめ返すまでになった。
でもそれがいけなかったらしい。
球技大会の日の出来事である。
「テスト前なのになんで球技大会やらせるのかねぇ。
勉強させろ!やばいんだよ!」
ぶちぶち文句を言う友達に苦笑しながら試合を見守る。
ちなみに私たちは予選敗退なのでもう出番がないのだ。
今は木吉くんがサッカーの試合にでている。
膝の事が心配で止めようとしたけど、少しだけだから、といって出場してしまった。
ピピーッ!と終了のホイッスルがなる。
結果は木吉くん達の勝ちだ。
号令をした後に、木吉くん、と呼ぶと、彼は笑って走り寄って来た。
『おかえりなさい!』
そう言ってタオルと水筒を差し出すと木吉くんは嬉しそうに笑った後、私を抱きしめた。…抱きしめた?
「あぁ、ただいま!」
そのままそう告げた木吉くん。
その様子を見た周りは騒然となった。
『あ、ちょ、違う!これは違くて…!』
言ってて自分も何を否定したいのか分からなくなって来た。
その間もみんなは、あーやっぱりー、と口々に言う。
「…ああ、すまんすまん!つい癖でな!」
『はぁ…もういいよ。
はい、水分とって。』
木吉くんは私を離して水筒に口をつけた。
木吉くんは一体どういうつもりなんだろう。天然…うん、天然だよね?
「鉄平。」
「!…っと、リコか。」
「何よ、私じゃ不満?
ゴンベエちゃんだったら良かったんでしょう?」
いたずらっぽく笑ったリコに、苦笑した。
「はは、鋭いな。
…ということは」
「さっきのも、わざとでしょう?」
みんなの前でああしてゴンベエちゃんと自分の関係を誤解させて、と続けると木吉はパチパチと手を叩いた。
「…正解。」
「そんな紛らわしい事するなら告白しなさい!男でしょ!」
「…はは。土台無理な話だ。」
『て……』
「ん?」
『てっ…!て、鉄腕アトムってさ……ごめん、なんでもない。』
球技大会の帰り、バスケ部の部活が無いと聞いたので木吉くんと一緒に帰ろうかな、と思い立って探すと、楽しそうに喋るリコちゃんと木吉くんを見てしまった。
二人の仲が良くて、お互い名前で呼び合っているのは知っていたけれど、なんとなくモヤモヤする。
結局その場を立ち去って一人で帰った。
家に帰って、木吉くんが帰って来た後、私も名前で呼ぼうとしたけど、妙に緊張して呼べない。
「…何か、あったのか?」
心配そうに木吉くんが私の顔を覗き込む。
その顔を見たらなんだか安心して、木吉くんなら何を言っても相談に乗ってくれる気がして、私は自分の思いを打ち明けた。
「…それは…」
『へ、変だよね!?
でも、なんかモヤモヤして…おかしいよね…!』
取り繕う様に必死に身振り手振りで苦しさをごまかそうとするけど、ポロリと目から一粒雫が落ちた。
『…!!…ごめん。』
「…どうして謝る?」
木吉くんは優しく問いかけつつ、私の涙を指で拭った。
『め、めんどくさい女だと思われたくなくて……って、こういう思考がもう面倒臭いっていうか…』
「そんなこと思わない。
好きなんだから。」
『へ…?』
「ん?」
『今、その、あの…』
「…俺は、ゴンベエが好きだよ。
もちろんリコや日向とかとは違う好き、だ。」
だから、木吉夫婦なんて呼ばれてても何の問題も無いよな?
なんてあっけらかんと告げた木吉くんに、私はただただ顔を赤くするしか無かった。
『木吉くん、今日はどの位に帰ってくる?』
「んー…まだ分からないな。
後でリコに部活が終わる時間聞いてくるよ。」
『了解。今日はシチューだよ!』
「…お前らって本当に付き合ってないのか?」
『「付き合ってる よ? ぞ?」』
「へーへー…って、えぇ?!」
おわり