短編・シリーズ

□目覚める
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目覚め



「キャスパー!」

バン、と、ドアを破りかねない勢いで応接室に入ってきたチェキータさんに、僕は驚いた。

「…珍しいですね、チェキータさんがノックも無しに入って来るなんて。
どうかしました?」

そういいつつ、ドアを横目に見る。あ、取手がこわれてる。

「どうかしましたか?
じゃ、ないわよ!キャスパー!」

チェキータさんがわめきながら無線をこちらに投げる。
ちょっと、大切に扱ってくださいよ。ていうか、何でそんなに取り乱してるんですか、らしくない。

「…僕だ。キャスパーだ。」

味方の無線だからこれで十分だろう。
向こうからはエドの声。
…そういえば輸送ルートを邪魔してきた組織へ向かわせていたのだっけ。

「キャスパーさん!
ゴンベエが…!
一人で敵に突っ込みました!」

エドの言葉に絶句する。
何をやっているんだ、ゴンベエさん…

「…早く撃滅するんだ。
…ゴンベエさんはどうなっている?」

「今、味方の車で病院に運んでます。
ですが、頭を強く打っていて意識がありません。」

ショックで一瞬思考が止まる。







「…ゴンベエさんはどうしようもなく短絡的だね。」

白いベッドに横たわる彼女は、抜けるように白い。
そばにある機械が鼓動をしめさなければ、死んでいるようにも見える。

ゴンベエさんは病院に運ばれ、万全の治療を受けた。
彼女の腕が立つからなのか、それとも運が良かったのか、彼女は致命傷を受けていなかった為、大量の輸血で回復の兆しを見せた。

ただ、彼女は今もなお目覚めない。






「武器商人なんてなぁ!クズばっかなんだよ!!
どうせお前らも捨て駒さ!
あいつらの手の平で良いように使われるだけ!
お前らが何人死んだって、武器商人は悲しまない!」

ナイフをもって対峙した敵がそう叫んだ。
…ふざけんな

『キャスパーさんはそんな人じゃないっっ…!』

ぎしりと唇を噛み締めた。
切ったのか、鉄の味が滲む。

「は、何だお前そいつの事が好…」

ドン

鈍い音がして敵の頭が吹っ飛んだ。
奴は、ずしゃり、と地に沈む。

「ペチャクチャ喋らないで下さい、ゴンベエ!
任務の遂行が一番!!」

『…分かってるよエド!!
殴ってくる!』

「ちょ、ゴンベエ!
単独行動は厳禁…ってもういねーし…!あーぁ。」

私は完全に頭にきていた。
キャスパーさんは武器商人。
たくさん人を殺したし、殺す理由や、原因を作っていく。

けど、一度たりとも、仲間を無下にしたりはしなかった。


私は狭い廊下を駆け抜けた。







「…こんにちは、ゴンベエさん。」

彼女が入院した次の日、僕はまたゴンベエさんの病室に向かった。

彼女はまだ目覚めない。

「…あなたがいないと食事が最悪なんですけど。
外食のときはまあ良いとして…作る時がもう…。
彼らの料理は腹を満たすだけのものですから、はっきり言ってまずいです。」

そういいながら苦笑する。
ゴンベエさんは料理を作る時に欠かせない人材だ。

「…はやく目を覚まして、料理を作ってください。
あ、ニクジョガでしたっけ?
あれがいいです。」

ジャンクフードが大好物な僕だが、彼女の料理は特別だ。
キッチンに立って笑う彼女の姿ばかりうかんで、どうにもベッドに横たわる彼女の現実味がない。







足元がふわふわする。
直感的に、これは夢なんだ、と理解した。だって私、鈍器っぽいので殴られたし。
相打ちだったからまだましだけど。
これ何ていうんだっけ…明晰夢?
理解しても夢は覚めなかった。

私が立っていたのはHCLI本部のキッチンだった。
無駄に広いシンク。手元には食材。
私は料理を作ろうとしているの?
理解できず、ぼんやりと突っ立っていると側に気配を感じた。

「ゴンベエさん、ニクジョガつくってよ。」

『キャスパーさん…驚かさないで下さいよ!
それとニクジョガじゃなくてニクジャガです!』

「驚かせたつもりはないよ。
僕は気配を殺せないし。
ゴンベエさんの不注意だね。
…ほら、はやく作って。」

キャスパーさんは笑って私の脇を小突いた。
ぼんやりしていたのがバレていたたまれない。
…肉じゃが、ね。
ジャンクフードばかり食べるキャスパーさんは唯一私の料理なら喜んで食べる。
…その事に少し…いや、かなり優越感を感じているのだけど。

『ここの食堂のものの方が美味しいんじゃないですか?』

わざと可愛くない事を言ってみる。

「馬鹿言わないでよ。
僕はゴンベエさんの作ったものが食べたい。」

爽やかに笑みを浮かべたキャスパーさんに勝つ術はなかった。
…私の恋心に気づいているのか、いないのか。キャスパーさんはずるい。
私は料理を作り始めた。







「こんにち…あ、もうこんばんは、ですかね?ゴンベエさん。」

彼女の病室に来るのは日課になっていた。
しばらくは日本から離れないので、造作も無い事だが、別の国での仕事が入ったら毎日は来れないかもしれない。

「聞いて下さいよ!
いつも武器を買ってるあの会社……えーと名前は確か…
…まぁいいか。
あのたぬきみたいな社長の所なんですけど。
今日行ったら、
ゴンベエくんはいないのかね?
って!
日本での仕事だから、日本人のゴンベエさんがいないとうまくいかない所も出てきますよ…はぁ…。
早く起きて下さいね。」

さらり、と彼女のつややかな黒の髪を撫でた。







私はホテルにいた。
また夢か。夢はどんどん脈絡も無しに場所が変わっていく。
今回私はアランと共にキャスパーさんの護衛。
あんまり動いてる事に気づかれたくないから最低限の人員だ。
いつもはチェキータさんが護衛してるけど、今回彼女は別の任務についている。

ベッドのそばの時計をみると、午後三時を示していた。

キャスパーさんはベッドに座り込んでパソコンとスマートフォンを駆使してなにやら交渉をしていた。
アランはベッドに横たわり仮眠をとっている。

「ゴンベエさん。
文章に誤りがないか、チェックしてくれない?」

『わかりました。
見せて下さい。』

キャスパーさんの座るベッドに寄り、パソコンを覗き込む。

『あ、ここが少し引っかかりますね。
直します。』

正しく打ち込むと、キャスパーさんは笑っていた。

『…何笑ってるんですか?』

「フフーフ。
いや、僕の部下は優秀だなぁ、と思ってね。」

キャスパーさんはそう言うと、慣れた動作で私を抱きしめた。
夢だから、私の願望があらわれるのかな…。

『ちょ、キャスパーさん?!何ですか、突然!』

慌てるとキャスパーさんは満足気にまた笑った。

「ココだってヨナくんに抱きついたりしてるじゃないか。」

『ヨナくんはまだ少年でしょう!
私は大人!キャスパーさんも大人!』

「…なんだ、分かってるのか。」

『…?どういう意味…』

聞こうとしたけど、扉の向こうから殺気を感じた。

『…キャスパーさん。
一、二、三の合図で屈んで下さい。』

「…わかった。」

相手が息を殺してこちらを伺っているのがわかる。

『一…二…三!!』

キャスパーさんは素早くベッドの影に屈んだ。
瞬間、扉が蹴破られる。

『…遅い!!』

姿勢を低くして素早く距離を詰めた。
そのまま切りかかると、相手はいとも簡単に沈んだ。

『キャスパーさん!怪我は。』

「…全くないよ。
それよりゴンベエさん、頬が切れてる。」

『弾がかすりましたね。』

痛くはない。夢だから。
それでもキャスパーさんが心配そうにこちらを見るのが申し訳ない。
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