07/07の日記
20:59
七夕記念や!※小説やから注意!※
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「あーあ、雨降ってきてもうた」
窓の外に手を差し出して雨を受け止めながら言う単調な光の声には、どこか残念さが滲んでいるようにも思えた。
今日は部活は休みで、夏休みに入れば練習もハードになるだろうからと俺の家でゆっくり寛いでいた。
練習がハードになれば、一緒に寛ぐなんてしている暇はない。
今年も四天宝寺は本気で全国優勝を狙っているのだ、気を抜いてはいけない。
本来ならば今日も練習があったのだろうが、部員たちの中にどこか緊迫した空気が流れているのを察したオサムちゃんが緊急に今日の練習をオフにしたのだった。
俺らはそんな久しぶりの休みを満喫しようと、二人が一番落ち着ける俺の部屋に来た、簡単にまとめればそんなところだ。
そして二人で甘い空気を楽しんでいたりしたのだが、雨は窓を打つ音が聞こえた途端、光は小さく窓を開けて冒頭のセリフを紡いだのだった。
「?傘あらへんくても、送って行ったるよ?」
あまりにいきなり降り始めた雨だから、光は傘なんて持ってきていなかったはずだ。
それを危惧しているのなら、俺が送っていけばええ話やから心配する必要はない。
だが光はふるふると首を横に小さく振った。
「いや、そんなんとちゃうんです」
「ほな、どうして?」
どうしてそんなに悲しそうに眉を八の字にして雨降りの空を見上げるのか、俺にはまったく分からない。
ただ分かるのは、雨が降るというのは光にとって悲しいことだったということだけ。
でも雨が降るんは日常的にもよくあることやし、何がそんなに悲しいのか、鈍感と定評のある俺にはよく分からへんかった。
そんな鈍感な俺の声に振り返った光は、キッと俺を睨んだ。
なんでアンタはそないにKYなんですの?
訴えかけられている意味が分かって、小さく首を竦める。
「……やって今日、七夕やないですか」
何も分かってへんなぁこの人、そんな意味が籠った冷たい視線を受けながらも、納得。
今日の日付は7月7日、七夕である。
それはつまり、伝説上、織姫と彦星が一年振りの再会を果たす日だ。
「織姫と彦星……今年は会えそうやったのになぁ……」
可哀想や、去年も会えへんかったのに今年も会えへんやなんて。
目を憂い気に細めて雨雲に覆われた空を見上げる光を可愛えと思うてもうた俺は確実にKYですごめんなさい。
けれど……そっか、光はそれで悲しそうに言ったんか。
7月7日、その日になると天の川に橋がかかり、織姫と彦星は唯一の再会を許される。
だがしかし、雨が降れば天の川が荒れ狂い、水量の増した川によって、二人が再会するために必要である橋が壊れてしまうらしい。
光は、そのせいで会えへんのが可哀想やと、そう言うたんや。
「俺と謙也さんは、会おうと思えばいつでも会えるやないですか?
けど織姫と彦星は、どんなに会いたい会いたいて願っても会えへん。
一年に一度きりのチャンスやった今日も……会えへんくなってもうた」
ゆっくりと力の無い動きで窓を閉めて俺の隣に座り直した後、膝を抱えて膝頭の上に顎を乗せて、光は物憂げな表情を変えへん。
なんで光が織姫と彦星についてそこまで考えこんでまうのか。
それはやっぱり、俺と光が付き合うてることが一番の要因やと思う。
愛し合うことへの喜びと幸福、俺も光もそれを理解しとるから。
せやからこそ光は、その機会を今年も失ってもうた二人を可哀想と言う。
けど……解釈を少し変えれば、七夕の雨も悪いもんやないんやで?
「なぁ光、洒涙雨って知っとる?」
「さいるいう……?」
膝に顎を乗せたまま、視線だけこっちを向いた光は何気なく上目遣いになっとるから困る。
しかも泣きかけとったのか、若干目が潤んどる。
ああもう、泣き上戸やなぁ、そこも可愛えけど。
「おん。七夕に降る雨のことなんやけど、伝説では織姫と彦星が流す涙やって伝えられてんねん」
「へぇ…知らへんかった。けど、なんでいきなりそんな話……?」
「俺はな、洒涙雨が降ることを悪いことやとは思わへんねん」
「!な、なんで?やって、二人は泣いとるんですよ!?」
きゅっと俺の服の裾を掴む光は、なにやら必死や。
その必死さの中に、俺が言ったことに対する疑問やら困惑やら……とにかく、いろんな物をごちゃ混ぜにしたような、そんな感じのがある気がした。
少しでもそんな光を落ち着けてやりたくて、小さく笑いながら光の頭を撫でてやる。
前に光が言うてた、「謙也さんに頭撫でらんの好き、なんや落ち着く」て。
案の定嬉しそうに俺に頭を撫でられてる光に、俺は自分の解釈を伝える。
「やって、再会したんが嬉しくて泣いとるんかも知れへんやん」
「え……?」
洒涙雨。
それは、織姫と彦星が流す涙。
二人が同時に流す涙なのだ。
ならばそれは、二人が互いの腕に互いを抱きしめた時なんとちゃうんやろうか。
一年振りに出会えた、再会できた、そして抱きしめれば相手は何も変わってへんくて。
その嬉しさに、今年も再会できたという嬉しさに涙を流す。
それが、洒涙雨なんとちゃうんやろうか。
「七夕に降る洒涙雨は、二人が互いを抱きしめ合うて、会えて嬉しゅうて嬉しゅうて、それで流す涙なんとちゃうかな?」
天の川にかかった橋。
一秒でも早く君に会いたくて。
去年も一昨年も渡った穢れの無い橋を渡りきる。
橋の向こう、待ち焦がれてやっと会えた君は何も変わらない。
時間の流れは確実にあって、けれど君も俺のことを変わらず想ってくれていて。
ああ、何も変わらない。
そのことが嬉しすぎて、お互いを抱きしめた瞬間に零れ落ちた涙が俺らに降り注ぐ。
それは悲しみの雨なんかとちゃうくて、幸せの雨のはず。
「それやったら悲しくあらへんし、二人も可哀想とちゃうやろ?」
「はぁ……謙也さんには敵わへんっすわ」
……まぁ、俺にしたらなんともロマンチックな解釈やったかも知れへん。
光は呆れ気味に首をふるふる横に振った後、俺を見上げて口元を綻ばせた。
ホッとした、よかった、そんな感じの微笑みや。
「せやったら、織姫も彦星も、今幸せなんすよね?」
「せやな……洒涙雨が降っとるからな」
「せやったら、俺も謙也さんも幸せでええんすよね?」
「えっと……どゆこと?」
織姫と彦星は今、幸せなんや。
せやったら、俺と光が幸せでもええ?
えっと、え、どゆこと?
「滅多に会えへん二人に気ぃ遣わへんで、俺らも幸せになってええんですよね?」
ああ、なるほど。
つまり毎日のように俺と光が会えるのに、織姫と彦星は一年に一回しか会えへん。
でも二人が再会できて確かな幸せを感じているのならば、俺らも幸せになってええんやな。
光は優しいから、二人の気持ちをめっちゃ考えてもうた。
せやからこそ、自分がこんなに幸せであってええのか、思い悩んどったんやな。
ああもう、なんでそないに可愛えの?
「ええんよ、誰だって幸せになってええんやから」
おいで?と言って両腕を広げれば、光は嬉しそうに笑いながら何も言わずに胸に飛び込んできた。
お互いをぎゅうぎゅうに抱きしめて額をこつんとぶつけて。
ほら、そうやって笑顔を見せ合えるだけでも幸せなんやから。
織姫と彦星やって、きっと幸せなんやで。
調子に乗ってそのまま光の柔らかい唇にキスした直後、俺の頬に真っ赤な紅葉がプリントされた。
「い、いきなり何するんですか!?」
「いや、光が可愛すぎて、つい……」
「つ、ついやないですわ!アホ、変態、いきなりキスとかあらへんやろ!」
「えー、キスしたかっただけやのに……」
そんなツンデレなとこも好きやで、光!
(織姫と彦星、一年に一度しか会えへんけど)
(きっと、その時に一年分の幸せをたしかに噛みしめるはずやから)
(俺らも日々の幸せを、そっと確かめ合うんや)
end.
ちゅーワケで、七夕記念の小説でした、ちゃんちゃん♪
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