01/14の日記

01:11
小話 ー今ボクがすべきことは、恋に落ちることー 快斗
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「はい、タイムオーバー!警部、続きは次回のお楽しみです」

ふわりと屋上から自由落下したキッドは途中でマントをグライダーに切り替え、夜のビル街に消えていく。
乱立するビル群の中ではヘリコプターでの追跡には支障があり、同じように夜の闇をグライダーで飛ぶには警察内に技術の修得者は皆無であった。
念の為の策は考えてはあるものの、グライダーで逃走するキッドに今、中森が出来ることは、悔しさこめて叫ぶことだけであった。


「くっっそぉおおおお!!!キッッドォオ!!!!!!」


静かな夜に、その声は随分と響いた。



胸ポケットに戦利品のダイヤを納め、快斗は晴れやかに笑う。
今日の犯行はいつも以上に首尾良くいった。

犯行現場からグライダーで西の方角へ700メーター先のビジネスビルの屋上で、羽を畳んだキッドは早着替えで特徴のないダークカラーのスーツに衣装を変えた。
数刻で日付が変わるという頃である。
残業を片付けくたびれた会社員に紛れてうまくエントランスを通れば、もう誰も跡をたどれないはずだ。そこまで追える者など無いこと百も承知だが、念には念を入れるものが礼儀ってもんだと快斗は考える。

「手を抜いたりはしねーよ。なんてったって、敬愛するオレの警部だもんな。」


特に今夜は大掛かりなショーにはしなかった。鈴木財閥が絡まなければ、下世話なテレビ局も、酔狂な観客にかき回されることもない。
中森警部との純粋な追いかけっこだ。

「ああ、警部のあの悔しそうな顔!ぞくぞくすんぜ!」
今にも地団駄を踏みそうな歯を食いしばって、悔しさに真っ赤に染まった顔。
刻まれた眉間のしわ。


くふふ、と笑いが止まらない。
甘くうずく胸の奥。
胸にしまった宝石よりも、それは魅力的だ。


雨の日にあの人が掴んだ右の手首を、左手でなぞる。
夜気に冷えた自分の指では、あの時の記憶をうまく引き出すには、ずいぶんもの足りない。

もう一度、されたい。
いや、今度は押さえつけて、ちゃんと捕まえて欲しい。

  いや、 ただ触れたい。


「今から戻って、警部の前で正体を明かしてやったらどんな顔すんかな?」

プライドの高い警部だから傷付くだろうか?
キッドは自分の実力で捕まえるのだと息巻いているのだから。
それとも、怒るだろうか。警部や青子を騙してのうのうと盗みを働いた俺を。

ああ、でもやっぱ、泣くかもな。警部はやさしい人だから。


怒る顔が見たい。
泣いた顔が見たい。
真剣な顔が見たい。
笑った顔が見たい。

あの人が欲しがるものを差し出せば、笑ってくれるだろうか?

「捕まえて欲しいんだけどよ。でもな、キッドはやっぱ捕まるわけにゃいかねーんだ」

遠くで喧しく鳴っているパトカーのサイレンは、やがて遠ざかって消えた。

離れた場所で今なお自分を探している警部を思う。
右の手首を、ぎゅうと握りしめる。
雨の日のあの感触を忘れないように。


「心は、ずっとあんたに捕まってんだぜ」

告白は、決して届きはしない。

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