06/22の日記

12:25
小話  快斗バースデー
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「誕生日おめでとう快斗」

「あれ、千影さん?」

朝刊を取りに玄関に行って快斗は母親の帰宅を知った。
たたきに母親のパンプスが並んでいる。
とっておきの日に履く、エナメル仕上げの細いヒール。
親父のエスコートがある時はよく出番があった、快斗にとっても思い出のある靴だ。

台所でコーヒーを淹れている母親を見つけた。

「久しぶりじゃん。いつ帰ってきたの」

いつものエプロンを身につけた千影の姿は、ここ数ヶ月留守にしていたとは思えない馴染んだ風景の中で立っている。
子供の頃からいつも美味しいご飯の匂いとともにある変わらない母の風景に、まるで子供の頃にタイムスリップしたかのように思えた。
小さい頃は、海外公演などで留守をしがちな父親に変わって家を守っていてくれたのがこの母親だった。快斗がキッドを始めた頃から、割と奔放に海外に飛ぶようになってしまったが。

「昨日の深夜。飛行機がえらく遅れちゃって、成田に着いたのが2時?」
大きめのカップに快斗の分も入れてゆっくりすする。

「寝てりゃ良いのに」
コーヒー飲んでないでさ、と快斗は呆れて言った。

「そんなわけにはいかないわよ」
「なんで?」
不思議そうに首を傾げる快斗に、千影は嬉しそうに笑う。

「快斗、誕生日おめでとう。これを一番に言わなくっちゃ」
にこりと笑った千影に、快斗は今日が誕生日だったことを思い出した。

「もしかして、このために?」
誕生日であることを思い出した快斗は、母親の帰宅理由について、二重に驚いた。

「そうよ、チューリッヒからはるばる飛んで帰ってきたんだから」

プレゼント、と渡された包みには有名時計ブランドのロゴマーク。

「すげー、スカイドゥエラー」

時計盤に月、日の暦が刻まれる仕様のその時計は、いつか父親が愛用していたものと同じものだ。

「お土産と兼用になっちゃったけど。あなたの人生を大切に刻むように」

止まらないように、ちゃんと大事にするのよ。というメッセージに胸が熱くなる。
時計も、人生も。込められたら思いに、鼻の奥がツンと痛んだ。


「うん、ありがとな」

いつもはポーカーフェイスを気取る少年は、くしゃりと破顔した。




****

ねぇ、ところで快斗。
今日はあなたの誕生日だけど、17年前に命を懸けてあんたを産んだお母様に感謝する日でもあると思わない?

「そ、そだな」
突然なに言い出すんだと、ギョッとした快斗に千影は笑顔で脅迫する(ように快斗には見えた)


「エスコートしてちょうだいな」

**


「ねぇ、早くしてよー!タクシー待たせてんだから!江古田博物館行って、劇場でマルスとローザを観て、トロピカルランドのパレード見て、いっぱい予定があるのよ!」

ドアの向こうから聞こえる母の声に、それって、キッドの仕事場所だった所だよな、と記憶を振り返る。たぶん、快斗の予想は外れていない。
快斗の活躍が知りたいと思うのは親心だろうか。

「ハイハイ、お待たせしました」


「あら、やだ」
ややもすれば野暮になってしまう濃紺のドレススーツを清潔に着こなしている。
サイドを上げて固めていると、父親、盗一の面影が強く蘇る。

「馬子にも衣装、って言いたいんだろ?」
馴れない服に若干ふてくされている快斗は何度も玄関の姿見を覗き込んで確認をしている。

「やあね、私と盗一の息子よ?どんな服だって着こなすわよね、うふふ、いい男になるわぁ」

「タクシー待ってんだろ?ほら行こうぜ」

先に靴を履き終えた快斗が玄関扉を開けて待っている。
パンプスのストラップを留めて立ち上がる千影の手を取り支えてくれる。
並んだ肩の位置は、ヒールの高さもあるはずなのにすっかり快斗の方が高い。

男の子はすぐに大きくなってつまらない。

「きっとあっという間に私の手を離れていくのね」

母親の独り言に「なんか言った?」と快斗が振り返った。

「何でもないのよ」
きれいにルージュを引いた唇を弧に描く。ポーカーフェイス、ね。

「ほら、ちゃんと掴まってって。千影さん、ほーらおふくろ!」

目尻をほんの少し濡らす涙を、快斗に見つからないように指でぬぐう。
ふ、ふふ。もぉ千影さんって呼びなさいって言ってるでしょ?



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千影さん、快斗を産んでくれてありがとう。
一日遅れてごめん。
HAPPYbirthday

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