09/13の日記
09:59
小話ーサマータイムー 快新
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サマータイム
ひどく穏やかに、一日が終わる。
20時を回らないと沈まない太陽。日差しが、熱を落として闇に変わる。
近所の庭先で遊んでいた子供の笑い声も、いつの間にか止んでいた。
「もう、いい加減中入れよ。目悪くすんぞ」
灯したランタンをかざして、庭のベンチで本を読んでいるであろう新一に向かって快斗は声をかけた。
「・・・ん、あぁ、・・・・・寝てた」
ぼんやりと、間延びした声が薄闇の中から聞こえる。
快斗が手元にない本の行方を探せば、ベンチの足元に生えている詰め草の群生の上に目的の文庫本を見つけた。
「ずいぶん熱心に読んでたな、それ」そんなに面白いんならオレも読んでみようかな?とベンチに並んで座り、快斗は言う。
三度の飯よりホームズというほど、探偵小説が好きな新一には珍しい選択で、日本人作家の書いた少年向け冒険小説を読んでいたはずだ。
「それもいいな。読み終わったら、感想を言い合おうぜ」
やわらかい表情で、新一は笑った。
なんせ時間はたっぷりとある。
夏休みに入る終業式のあと、すぐに新一と快斗、阿笠博士と灰原の四人は成田空港に集合しハンブルグ行きの飛行機に搭乗した。
目的は灰原の留学先の下見である。
組織の何やかんやがある程度収束した頃合いに、灰原は証人保護プログラムを使ってパスポートを手に入れた。
そして彼女の頭脳を惜しんだFBIの全面的な援助もあって、ドイツの大学に入ることが決まったのである。
灰原を知らぬ異国に預けることに難色をしめしたのは、新一、快斗と彼女を知る者を含む全ての総意であった。
しかし、ホームステイ先が博士の初恋の女性の実家で有ることが判明したことで、話は急に進んだのである。
新一と快斗は海辺の別荘を貸してもらった。少し歩けば、博士たちが滞在する初恋の君の本宅がある。
「博士と彼女、毎日毎日、ケーキ食べたり、おしゃべりしたり、散歩したり、ほーんと微笑ましいわ」お邪魔しないようにと配慮した灰原が、嬉しそうに報告に来ることもある。
「日本の裏っかわに、こんなに穏やかな場所があるなんてな」
新一は空を仰いで大きく伸びをした。もう、完全に日が落ちた庭先では見上げれば粒のような星が瞬いている。
事件と組織と学校の日々が、けして嫌だったわけではない。
ただ忙しすぎたのだ。
それこそ、心をなくしてしまうほどに。
新一は、夏休みの始まりと同時にコナンで有ることに終止符を打った。
小さな子供である自分との決別は、半身を失うような大きな喪失であった。
キャンプ、プール、虫採り、夏休みの楽しいスケジュールを小さな友人と過ごすことはもう無い。二度と、無いのだ。
7月の後半というのに、ここの空気はカラリとしてまるで秋の気配を錯覚する。
色とりどりの薔薇が咲き、ひまわり畑が広がって、アジサイが花の盛りを競っている。
空が高い。
「良いとこだな、静かで、優しい空気だ」
「ねぇ、新一?日本だけが世界じゃないんだよ」
隣の快斗が、腕を伸ばして新一の肩を抱いた。
「新一が望めばさ、どこだって行けるんだ。東都でも、大阪でも、ニューヨークでもロンドンだってさ」
新一のまっすぐな髪を優しく梳きながら、快斗は言葉を選んでゆっくり語る。
「オレさ、卒業したら世界を旅する。マジックで食っていけるように修行するつもりだ。でさ、・・・・・新一もさ、自分の未来を、選んでよ」
梳いた髪を指先でもてあそび、快斗はそこに唇を落とす。
とっておきの落ちついた声で、新一の耳に静かにささやく。
「ね、東の名探偵じゃなくって、東洋の名探偵って呼ばれるのはどう?」
「それって、どういう・・・・・」意味なのか、新一は尋ねる前に分かってしまった。コレは、快斗なりのプロポーズだ。
新一は顔を上げた。すぐ側で、快斗の真剣な眼差しとかち合う。
「オレと来て?一緒に世界をまわろうよ、絶対退屈させないから」
優しい思い出ばかりの、残酷な東都の街からさらってあげるよ。ね?
「バカ、バカイト・・・・・」
快斗の優しさと、強烈な独占欲に新一は小さく首を振って笑った。
「オレは、あの街でやることまだあるんだ。大丈夫だよ」
「おいおい、強がんじゃねーぞ?いざとなったら、誘拐してでも連れてくぜ?パンドラは見つけても、怪盗はまだ廃業したつもりはねーからな」
「強がってねーよ、マジで、やらないといけないことがあんだよ」
「え、何?」
あまりに真剣な顔をして新一が言うものなので、快斗も気になって神妙な顔になってしまう。
「オレさ、留年決定なんだ」
「ゲッ!」
まさかの言葉に、快斗は顔色を無くした。
「オレも蘭も、単位の計算ミスしててさ。通知票もらって確定したんだよな」
どこか自棄になった新一は、投げやりに残酷な現実を告げる。
「あーあ、どっかのそっくりな怪盗さんはどーでも良いときにオレの顔を利用すんのに、こんなときは身代わりに使えねーのなー」
やけになって、八つ当たりの声をあげる新一に、快斗も「酷いよ!」と悲痛の声をあげた。
「あーもー、二人とも近所迷惑よ。いつまで外で遊んでんの?」
庭に面したリビングの大きなガラス戸から灰原が声をかけた。
じゃれあう(ように哀には見える)二人に、よく見えるように右手を掲げる。
彼女のその手には大ぶりなアイスクリームのパッケージが燦然と輝いていた。
「いらっしゃーい!哀ちゃん素敵なお土産ありがとう!!さっそく食べようよ、ね!」
新一に理不尽に責められていた快斗は、灰原とアイスが天の救いのように見え飛びついた。
アイスの準備ためにキッチンに快斗が消えたため、新一も灰原の待つ明るいリビングに入る。
「あら、懐かしい。工藤君にしては珍しいわね」新一の持つ文庫本を目に留め、灰原は意外そうに新一と本を見比べる。
10歳の少年が、自分の願いを叶えるために剣をもって旅をする物語は、たくさんの失敗と、友情と勇気のお話しだった。
結局最後には、彼が望んだ世界にはならないものの、慈しめる未来を主人公は、自分の手で手に入れたのだった。
どこかで、自分自身と重ね合わせているのかもしれない。
自分の好奇心が招いた失敗から始まった江戸川コナンとしての奇妙な生活は、周囲の協力と、好意と、友情で成り立つ世界だった。
小さなコナンを助けてくれた、阿笠博士、蘭、おっちゃん、元太、光彦、歩美。FBIの捜査官。高木刑事たちや、服部。そして、怪盗キッド。
子供になったおかげで、オレは、大人になれた気がする。
夏休みに入る前に、海外の両親と暮らすのだと言う名目で、江戸川コナンは各面にお別れを済ませた。
アポトキシンの効果があと一月ほどで切れる、薬の効果が有限であると判明したのもきっかけのひとつだ。
もう、7歳のコナンはいない。
けれど、胸の中にいつも思い出がある。たくさんの思い出がある。
「貴方やっと、良い顔になったわね?良いとこでしょ此処?いっそ住んじゃえば」
さっきの快斗の会話を思い出す。
切ない現実よりも、新天地に身を任せろと灰原までが静かに甘やかしてくれる。
「バーロー、オレには東都でやることがあんだよ」
学校に行って、探偵をして、サッカーやって、時々あの子供たちの様子を見に行ったり、遊んでやったりさ。色々な。
指折り挙げる新一に灰原は呆れたように溜息をついた。
「大きくなっても、さすがに頭脳はおんなじね」
「は?何のことだよ?」
分からない新一に、貴方ね、と灰原は神妙な顔で口を開いた。
「その生活じゃあ、コナンの時と何も変わらないじゃない」
「・・・・・ホントだな」
二人呆れたように、笑い出した。
無理に愛おしい思い出から決別しなくてもいいのだ。と、ひとつの真実が見えた気がした。
「お待ちどうさま!」とサンデーのように盛り付けたアイスを持って快斗がリビングに現れるまで、あともう少し。
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あとがきを24にて
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