08/07の日記

11:12
小話 ー今ボクがすべきことは、恋に落ちることー銀快
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「お父さん!こっち」
店の入り口に向かって、青子は声を上げた。
青子の父親、中森銀三がごった返す人の波を分けてこちらに歩いてくる。

「遅くなって悪かったな青子、おぉ!快斗君か。久しぶりだなぁ」
青子の隣に立つ快斗の肩を叩いて、銀三は笑う。
雨に濡れたらしく、銀三の髪からしずくが滴っている。

快斗は、仕事中に汗だくになってキッドを追いかける銀三の姿を思い出す。

「いつも見ていますよ」
「最近はすっかりテレビの見世物になっちまったなぁ、もっと格好いいところ見せたいもんだが」
「そんなことない!・・・です。・・・応援しています、よ?」
勢い込んで否定の声を上げたのが恥ずかしくなり、後ろの方は尻すぼみの疑問系になった。

「何猫かぶりしてんの?快斗はいっつもキッドの応援でしょう?」
にやにや顔の青子が茶化してくる。銀三の前で借りてきた猫状態の快斗が珍しいようだ。

「そんなことねーよ」
「そーかしら」

「まあまあ、青子。キッドはマジシャンだから、快斗君が応援するのは仕方ないだろう?」

じゃれあう二人を仲裁する銀三は、直情的な青子とは違い、理解のある大人然としていて快斗は感心した。

「ねぇ、警部。明後日のキッドの予告日には、勝算はありますか?」
テレビのレポーターの真似をして、マイクを握ったように右手を突き出し、快斗は興味本位の質問をする。

にがり顔で銀三は「勝算は、いつだって全力で迎えるだけだよ」と言った。

「なによお父さんも快斗もいつも、キッドのことばっかり」
面白くなさそうに青子はふてくされる。

「仕方ないだろう、青子が生まれる前から追い続けていたんだ」
「もー何度も聞いたわよ「キッドはワシの人生なんだから」でしょう?」

親子の会話を聞いていた快斗は、新鮮な気持ちで銀三の顔を眺めた。
ーこの人は、どんなときだってキッドのことを考えている。ー

頬が勝手に熱を持ち始めた。
ヤバい、なんだコレ?

「オレ、帰るっ」
「あ、快斗!?」
急に火照った顔に焦って思わず快斗は踵を返した。
しかし、二歩もいかないうちに足は止まる。
反射的に去ろうとする快斗の手首を銀三が強く掴んで引き寄せたのだった。

引き寄せ、腕でホールドした格好は図らずも恋人が抱き合うような形になった。
弱りきった快斗が降参と見上げる。

「警部、オレはキッドじゃ無いですよ」
「キッd、ぅおおお!すっスマン快斗君!何か体が動いちまった」
我に返ったように、銀三は快斗を解放して頭を下げた。

今度こそ、別れを言って本屋を出る。
混み合う駅の改札を抜けてふらふらと快斗はホームに立った。電車は行ったばかりのようで、ホームはそこそこ空いている。


手首が、熱い。
顔が、熱い。
いや、今となれば身体中が、熱い。
耐えきれず、快斗はホームにしゃがみ込む。
掴まれたのは手首なのに、まるで心臓を握られたように動悸が激しく打った。

ボクが、今すべきことは恋に落ちること。

排水溝を流れる雨水。決壊が壊れて溢れ出した。
降る雨はやまず、留まるすべを持たない。

なぁ、寺井ちゃん。
教えてくれよ。

恋に落ちて、そして、それからオレは一体どうすればいい?

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