04/22の日記

15:36
小話 ─over drive─
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― over drive ―

初めて空を飛んだのは、キッドを継いで三日後の土曜日のこと。
寺井に連れられて、ハンググライダーの飛行場に行ったのだ。
「怪盗キッドにとって必要なものでございます」
厳しい顔で準備を整えてくれる寺井には、幼い頃ただひたすらに甘やかしてくれた好々爺の面影はなかった。

訓練だからと、用意されたのは白い翼ではなく、レンタルの黄色いデザインのグライダー。
寺井の知り合いという、インストラクターがついてくれた。
先代の盗一の頃には、寺井も助手として空を飛んだという。
盗一が死んで、8年の歳月で、もう老いてしまった体には飛び続けるだけの体力が無い。
「寺井ちゃんは、じいちゃんだからな。無理しないで、下から見ててくれよな」
快斗がおどけて言うと、まぶしげに寺井は目を細めた。


風が吹く。
地を蹴る。
胸がすくような浮遊感。
そして、あっという間に空に引き込まれた。
鳥になったように、紙ふぶきのように、舞い上がり、風に乗った。

タンデムで、インストラクターの指差す方角へ機体を傾ける。
目がいいと褒められた。
無茶をするなと叱られた。
誰かにこれだけ身を預けるのは随分と久しぶりで、気になってしまえば何だかもう、触れ合う肩が緊張でこわばった。そして、ウェア越しの体温が、暖かく、安心するものと気づき、快斗は困惑した。


低く遠くに見える東都の街の切れ端が、大きく小さく、現実感の無いままに流れる。
眼下に広がるもえる山並みと、抜けるような空の青が、とにかく美しかった。



あれからキッドとして、幾たびの空を駆けてきただろう。
月の美しい晩にどれだけ白い翼を広げても、初めて飛んだあの高揚を掴む事が出来ない。

あれ以来、空に近い場所が快斗の気に入りの場所になった。晴れた日の、学校の屋上。
一人になりたいからと、授業をサボることが殊更増えた。
音楽室から聞こえる、合唱をBGMに空を見上げた。
今日の降水量はゼロだ。

「空を飛ぶっていうのは、結構いいもんなんだぜ」
お前らは知ってるよな?
大空を舞う雲雀たちの影を眺めながら快斗はひとりごちた。
キッドの逃走のためではなく、純粋に大空への飛行を楽しみたい。そんな黒羽快斗としての欲も出てきた。また、グライダーの飛行場へ行くのも良いかもしれない。週末の予定を確認しようと制服のポケットから携帯を取り出した。

「あれ、寺井ちゃんから?」
緊急の場合のみ使うアドレスだ。操作ロックをはずしてすばやく転送メールを読めば、鈴木次郎吉御仁からの熱烈なランデブーのお誘いときた。天空の淑女と飛行船、名探偵のおまけつき。
思わず吹いた。

「ぶっは!あの爺さん、スゲーな。サイコ−だぜ」

呆れと、好奇心と、満たされる、心躍る嬉しい何か。

週末の予定はキャンセルだ。
こんな楽しいご招待を戴いてしまっては準備にも時間がかかるものだろ。
正式な設計図はあるだろうか、招待客と出入りの業者を調べて、人員配置リストを手に入れて。
飛行船ならどこまで高く上がれるだろうか。

「くふふふ!!!」
あぁ!楽しいな、楽しもうぜ。
どんな演出にしよう。俺が最高の舞台にしてやるよ。

「なぁ、空を飛ぶっていうのは良いもんなんだぜ」

蒼穹の下、怪盗は空に負けず晴れやかに笑った。

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初々しいキッドさんを書こうとしたのですが、気づけばロストシップ。
早く映画を見に行きたい気持ちが出てしまったようです。
快斗だって、初めて空を飛んだ日があっただろうな。
それはキッドを継いだ時かもしれない、と思えば居ても立ってもいれず書き始めました。
新一さんだったら、平然と「ハワイで親父に」と言いそうですね!安定のハワ親!!



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