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□この中にひとつだけ毒を入れた
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「Happy Valentine!キッド。このなかに、 ひとつだけ毒を入れた」

ーひとつだけ毒を入れた、と聞こえたー

「名探偵?」

2月14日の夜。 工藤家の広いリビングで淹れたてのコーヒーと一緒にトレイに乗せ て差し出された ラッピングの箱。
白地のペーパーに水色のリボン、ここまでキッドのイメージを狙った包装が出来 るのは手作りだからだろう。

今日はバレンタインである。 朝一番で名探偵にはバラの花を贈ったキッドは、彼からのいささか物騒な肩書きの小箱のリボンを 外す。

赤、青、緑の色のアルミ箔で包まれ箱におさまる宝石のようなそれは、 恐らくチョコレートで間違 いはないのだろう。
名探偵の先ほどの《毒》という言葉が無かったものならば無邪気に喜ぶのだが・・・。
隣を伺えば、こちらの表情を静かに見守る名探偵。

憎らしいほどのポーカーフェイスで毒という言葉の真偽のほどは分 からない。 けれど、まあ、良いのだ。
こちらの行動は最初から決まっているのだから。

「ありがとうございます名探偵」 にこやかに礼を言ってキッドは一粒を口に運ぶ。


数回舌で転がして歯を立てれば、 砕けたチョコレートの内からブランデーが流れた。
かけらが溶け きった余韻まで堪能し、満足げな溜め息をついて、キッドはもう一つと指を伸ばす。

「オメーな、毒入りだって言っただろ」
迷いなく食べていく怪盗に、呆れた顔で名探偵は訴えるが、聞かないキッドは二つ目の粒をもごもごと舌で転がすのに一生懸命だ。

「貴方から頂いたものは、大切にいただきますよ」
口の中のものをお行儀よく飲み込んでからキッドは応えた。

「それが、毒でもか?」
「ええ、もちろん」
「名探偵から頂くものは、どんな毒でも甘露のようですよ」

きっぱりと断言した怪盗に、名探偵はひどく傷ついたような、 そして嬉しいような、苦い笑みを浮 かべた。

「・・・早く全部、食べちまえよ」
「・・・はい」

「愛していますよ、名探偵」

真摯で、慎重で、大胆で、強くて、弱い、 工藤新一という、私の大切な人。
気持ちの溢れるままに、微笑む。 それを見た名探偵は、静かにうなだれた。

「悪かった、ごめんキッド」

悄然と、子供のように頭を下げる名探偵が、途方も無く、いとしく思える。

抱きしめたいと思うけれど、それが今はできない。
ぐらりと視界がまわる。
震える指先で掴んだ三つ目のチョコレートを口に入れる。


余裕無く、噛み砕いた。 ブランデーとは違う苦味が舌を刺激する。
咥内を解毒剤がとろりと流れていくのを、キッドは遠くなる意識のなかで感じた。

いささか賭ではあった。
けれど本当に毒が入っているなら、 その解毒薬も用意されていると踏んだ のは正解だ。
口にするものを、信頼していない人間から渡されても本能が食べることを良しとしな い。
毒入りチョコレートを食べることで、私は名探偵の信頼を勝ち得ることに成功したのだ。

強くて、弱い、臆病者で愛おしい、名探偵 ───貴方を信じています。
愛していますよ。

・・・・・・・・・・・


「このなかに、一つだけ毒を入れた。」 サイトから編集

ハッピーヴァレンタイン! なのに、ビターでしょっぱい話です。
怪盗を試す名探偵。ひどい 知って て食べる怪盗も、ひどい

名探偵と怪盗、好きと嫌い、真実と嘘、 相反する二人のそれでも愛がある話。
食べ物で遊んではいけません。

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15日の朝一番、工藤家のリビングには小さな科学者の姿があった。

「なによ、じゃあ薬の効果を確認してないってこと?」
「わりぃな、灰原。やっぱりダメだった、あいつが苦しむのは見てらんねえよ」

昨晩から落ち込んでいる新一は、悲しげに俯き頭を振る。

「せっかく一日中チョコ作りに協力してもらったのにわりい」
哀は思い切りため息をついた。薬の用意からだから哀の方は実質一週間は時間をかけて準備したの だ。

「毒性のあるものだから苦しいのは一時的って言ったんだけどね。 解毒薬飲んだのならもう異常は ないでしょう。キッド、どうなの?」

問われたキッドは、隣で落ち込む新一を労りながら「 全く問題ありませんよ」とにこやかに笑っ た。

「ほらね、せっかくだから楽しみなさいって言ったのに」
あーあ、と本気で残念がる。よっぽど薬の効果が分からず無駄になったことが悔しいようだ。
ここまで悔やまれれば、さすがに気になる。


「ところで、私が飲んだ薬とは一体どのようなものだったのでしょうか?」
恐る恐るキッドが尋ねれば、ジト目で哀ににらまれた。けれど、きちんと答えてくれる。

「弱性のアポトキシンよ」
本当は白乾児と組み合わせて飲むんだけど、ブランデーでも効果が出るように改良したの。
心拍 数、体温を上げるようにして、 多少の緊張下で食べれば効果が出るように。
チョコとの組み合わせ だって妥協なしの本格派だったんだからね。

「そ、それは・・・ちょっと気になりますね」
確かに食べるときは緊張していたが、毒という表現はあらゆる面で効果的だったということか。
キッドは小さくなった自分の姿を想像してみる。
7歳のコナンと同じくらいの背丈の自分。
変装はいくらでも出来るが本当に子供になることはキッドの力では無理だ。
興味がないとは言えず、アポトキシンチョコが少し惜しく思えてしまう。

「バーロいいんだよ、オメーが苦しい思いをすんのはオレがイヤなんだ」
ばつ悪げに新一は否を唱える。

「全く、最初はあんなに乗り気だったのに」
あきれた顔をした哀だったが、ふと考え込み、「そうそう、良いこと教えてあげるわ」 と最高に良 いアイデアが浮かんだとばかりにニヤリと笑う。

「貴方、何でアポトキシンだったのか、判る?」

「うわ、灰原!」

哀の言葉に、落ち込んでいた新一が飛び上がった。顔が真っ赤になっている。

珍しいものを見たキッドは不思議そうに哀に尋ねる。

「どうしてですか?」

「ただのイタズラでも、 幼児化の体験をさせてあげたかったわけでもなくってね」

「言うなって!オイ灰原!」

必死で声を上げる新一を押しのけ、 哀はハッキリと聞こえるようにキッドの耳元で言った。

「小さくなったら、あなたを思う存分に甘やかしてあげられるでしょう?」

「・・・うそ」

驚いた。あんまりにも甘ったるい理由にキッドまでもが真っ赤になった。
新一を見れば、死ぬとばかりに両手で顔を隠している。

ほーんとばっかみたい!と、呆れたけれど、イヤではない。
そんな表情で哀は「帰るわ」とリビン グを去った。

そしてドアを閉める前に、二人に向かって「 今度のは貸しにしといてあげるから、 ホワイトデー忘 れたら許さないわよ」と釘を指すことを忘れなかった。

happy valentine!!




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おまけパラレル

快コ バージョン

バレンタイン余話

「快斗、やる」 ん、と鼻先に突き付けられたリボンラッピングの小箱。

「やった!バレンタイン」 「期待すんなよ、買ったやつだし」 「え、何のこと?本命チョコだよ!拝んじゃうよ!」

満面の笑みで喜ぶ快斗に、不服そうにコナンは言った。 「新一は、手作りだった……」

「へぇ!名探偵が?」 めずらしいことも有るものだ、彼がお菓子作りをするとは。

「灰原とキッチンに籠もってのけ者にしやがった。 オレだって作るなら一緒にやりたかったの に!」

ずるいずるいと、未だにすねる小さな恋人がたまらなく可愛い。

「オレは、コナンちゃんのその気持ちと、 このチョコがあれば充分だぜ。」

「次を見てろ、来年だ」 「楽しみにしてるよ」

今年も、来年も、それから先も。 小さな恋人の成長を楽しみにしてるよ。

HAPPY valentine!

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