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□―君を連れ出して、世界の果てまで見に行こうよ―
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注)花屋パロ

―君を連れ出して、世界の果てまで見に行こうよ―

へぇ!
「お兄さんきれいだね!なんて名前なの?」

色とりどりの切り花や植木鉢が置かれた店内に、学生服の少年が入ってきて尋ねた。


店員の新一は、彼が近くの江古田高校の学生だと見当を付ける。
まだ午前中の平日。
こんな所をうろついてサボりだろうか。

最近多いのだ。
わざわざ男をナンパしにくる高校生。
からかって遊んでいるのか、罰ゲームなのか知らないが、たちの悪いヤツがちらほらいて営業妨害甚だしい。
ため息をついて叱咤の眼差しを向けた。

「仕事の邪魔だ、用の無いガキは出てけよ」

「え、あの」
突然のキツい口調に驚いたのか、学ラン少年はしどろもどろに固まってしまう。

「ごめんなさい、コレの名前を……」

手には、黄色い花一輪。
「え、ぅわ、わっわりぃお客さんか」

顔中がカーッと赤面するのがわかった。
ー誤解ー
しかも自意識過剰の、とんでもない。

学生服の客は間違いに気を悪くするでもなく、担任の誕生日にサプライズでさ。と笑った。
新一の気まずさを吹き飛ばすような、まぶしい笑顔だった。

「悪かったな、・・・・それ気に入ったのか?」
「あぁ!きれいな黄色だね」

「!!だろだろ、こいつ姫ひまわり、っていうんだ。花びらがものによっちゃ八重で紅花みたいにも見えんだけど、紅花と違ってこいつは一年草でいつでも楽しめる。ひまわりって100種類くらいあるんだぜ!ココアとか、バニラアイスって名前のもあってさ!」

「へぇー、うまそうな名前!チョコならもっと良いのに」
学生服君の好物らしく、いささか本気の声音に新一は笑った。

花言葉はあこがれと敬愛だと教えてやると、気に入ったようでブーケでご注文をくれた。
「毎度あり」

おつりと領収書を渡すと、黄色い花束を抱えてまた、あの眩しい笑みを見せた。
太陽の花にふさわしい、笑顔。
彼のような生徒に祝われれば先生みよりに尽きるだろう。担任がうらやましく思う。

「そだ、ありがとな!これきれいな花束のお礼」

「わっ、」

ポン、と小さな音をたてて学生服が差し出した手にはリボンのついた赤いバラ。
「オレ、黒羽快斗!マジシャン志望なんだ」

「そ、そうか」
びっくりしながら突然出現した花を受け取る。受け取ったバラは、よく出来た造花だった。

「へぇ、きれいだな。よく出来てる。花びらも萼も」

「へっへー!これオレの手製。でもいつかは生花でやりてーよな。マジックでは妥協したくねーんだ」

黒羽快斗はキラキラした目で語る。
大きな双眸にうつる自分を見つけてしまい、思わず新一はその眼差しに引き込まれた。


「オレ、いつかお兄さんのきれいな花達に負けないマジックを魅せるよ」

今は、こいつで精一杯だけどさ。と言って、もう一度ポンッと造花を取り出してみせる。
魔法のように現れる花。
なめらかな動作に裏付けされた、厳しい訓練を受けた指の動きだった。


「ああ、見てみたいな。な、オレで良ければ、何か手伝うぜ……えっ?ちょ」

気が付けば、
黒羽が新一の両手を握りしめて、緊張の面持ちで固まっていて。
とっさの事で新一も、思考がついて行かず固まって、

「え、マジ?マジ?良いの?オレの専属花屋さん!?」と、口走った黒羽に、
専属なんて、そこまで言ってない!と、言おうと新一は口を開きかけ、
「オレ有名になるから、一生専属だからね?ね?」と、念を押す黒羽の勢いに圧倒されてしまった。


それでも、あの笑顔が向けられるのならば、それも悪くないだろうと新一は思う。

新一も手を握り返して、花に負けない笑顔で笑った。



いつか世界を圧巻する若手マジシャン。
彼の出現マジックを支えた花屋の青年が存在したとか。
いつかは、そんな話題が世間を騒がすのだけど、それは別の話で。

美しい花屋の店員のハートを射止めた男子高校生がおりまして。
店員に恋した大勢のものたちが涙にくれたというのが、今回の話。

君を連れ出して、
世界の果てまで見に行こうよ


ねぇ、だから工藤君。
店番中にナンパされるのには気をつけなさいって何度も言ってるのに!
と、同僚の宮野に叱られるのも、また後のお話で。



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