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□―共犯者―
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事件の無い平和な放課後、怪盗は時々見計らったように俺に予告状を送り付けた。
或る時はカバンの中に、下駄箱に、最近は携帯に直接メールで入ることもある。
目暮警部や中森警部には、言っていない。内容はすべて俺宛てで、これはいわゆるデートのお誘いなのだった。
―共犯者―
暗号を解読して、一旦自宅に帰る。時間に余裕は無かったが、このまま行くのも野暮な感じがした。コナンの時ほどではないが、偉大な怪盗に対してそれなりの身仕度というのは礼儀だと思っている。
ダブルの黒のスーツ、赤いネクタイは怪盗を少し意識した。
18時55分
予告時刻の5分前
道が混んでいて危ないところだった。進まないタクシーを乗り捨てあと少しは走ったのだ。磨かれたウィンドウを鏡にして額に張りついた前髪を直す。
格付きホテルの上層にあるレストラン。今夜の店は東都タワーと夜景が綺麗に見えた。
工藤の名を受付スタッフに告げると最奥の席に案内される。
ゆったりとしたテーブルに席は2つ。怪盗の姿はまだ見えない。今日はどんな手を使うのか、子供のように浮き立つ気持ちを何とか押さえて新一は席に付く。
まもなく腕時計の長針が頂点にかかる。5秒前、4、3、2、1
心の中でカウントした。
ゼロ
フッと、突然フロアの照明が落ちた。
一瞬驚く。離れたテーブルで多少のざわめきが起こるが、よく教育されたスタッフは落ち着いて応対に作業を切り換える。
一段と夜景が強く目に届く。
「月が綺麗ですね、名探偵」
気が付けば空いていたはずの向かいに、怪盗が座っていた。
月明かりだけでもキッドの白い衣装がよく見える。室内に不粋なシルクハットとマントは外されていた。
「今夜も素敵ですよ」
怪盗が微笑んで伝えれば、天の邪鬼の俺は、
「バーロー、気障な奇術師には負けるけどな」
という可愛くない返答しか出来ない。
「お褒めにあずかり光栄です。名探偵」
怪盗は心得ているとばかりに微笑んだ。
ウェイターがキャンドルを持ってきたところで、ようやく明かりが得られた。
多少ざわついたフロアも雰囲気を楽しむ空気が戻ってきた。
蝋燭の揺れる灯りに照らされて、モノクルに隠されてもわかる端正な顔を眺める。
よく似た顔の作りの俺たちは、こうして並ぶと兄弟か従兄弟に見えるらしく、それなりに新一が正装すればキッドの衣装も悪目立ちしないものになった。
味をしめた怪盗はこの手であちこち俺を連れ回してくれる。
「食事、買い物、オペラ、ビリヤード、あとはわざわざ大阪にたこ焼食べに行ったっけ」
「そうそう、名探偵はビリヤードがお上手で驚きました」
「オメーもそんなに悪くなかっただろ?」
「随分練習したと思ったんですがね。貴方には適わないな」
「言ってろ、バーロー」
犯罪を抜きに付き合えば、キッドは最高のパートナーだった。同じレベルでの会話ができ、洗練された振舞いは見ていて飽きない。紳士然としていると思えば、時折子供じみた感傷的な顔も見せる。そこが好ましい。
一方的に送り付けられる誘いの予告状に、内心では不満がある。所詮こいつはケチなコソ泥で、俺の気持ちを盗んで行くばかり。
「ぜってーオメーを捕まえてやるからな」
覚悟しとけ、脈略無しに唐突に言い放つとシャンパンで口を湿らせた怪盗は優しく笑った。
「ええ、それでしたら私のことだけ見ていて下さい」
他の犯罪者なんか比べ物にならない位楽しませて差し上げるのに、とこちらは、からかいに多分の本音を混ぜて答える。真剣な眼差しが交錯する。
「「ぷ、あははは…」」
同時に吹き出した。
――共犯者
立場が違えど、確信犯の俺たちは共犯者と呼ぶにふさわしい。
前菜が運ばれてきた。
キャンドルの向こうに、優しい眼差しの怪盗。
のど越しの良い食前酒を飲み干した。東都タワーにかかる晧々とした月。なかなかに満ち足りた時間だった。
「なぁキッド。本当に、月が綺麗だな」
給仕されたワイングラスを持ち上げて、怪盗よろしく月にかざす。
瞬間、切なげに目を細めた怪盗は俺のその仕草に習ってグラスを上げる。
そして、つかの間見せた憂いは幻だというように、いたずらげに笑うとウインクに載せて古い映画の台詞を探偵に言う。
「名探偵の瞳に、乾杯」