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□―月の鏡―
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「目が醒めましたか、名探偵」

薄く瞼を開け、ぐるぐると脳みそが揺れるような不快感をやり過ごせば、すぐそばに覗き込んでくる白いコソ泥の顔があった。
その向こうに、冴えざえと輝くお月さま。倦怠感のある身体はやけに重力を感じ、腕を上げるのも一苦労だ。

―月の鏡―

「全く、現場に来て倒れるなんて、自己管理が出来ていないようですね」

そんな状態で、私を捕まえようなんて甘い考えですよ。

「バーロ…今日のヤマは殺人だ、キッドの、犯行日じゃねぇ。な、のに、なんで、おめぇが……ここに、いる?」
話すだけで、息があがる。
「たまたまです。実は下見の帰りだったんですが、面白くてつい最後まで観戦してしまいました」

残忍な殺人現場。鮮やかな推理で犯人を追い詰めた新一。逆上した犯人は呪咀のような酷い言葉を、亡き被害者に新一に吐き棄てて連れて行かれた。
――そして作業に追われた警官たちに別れを告げた後、家路につくまでもなく近くの公園で倒れたのだ。

「酷い顔色です、食事はどうしてるんですか?そんな軽い身体で」
「…セクハラ、かよ」
「失礼な、心配しているんです」
むっ、とわざと怒ったような声で抗議をすれば、「ふっ」と新一が小さく笑った。眉間に刻まれたしわがようやく解けたのを見て怪盗も内心で安堵する。

工藤新一。
今、マスコミ、メディアを騒がせる高校生探偵。
鋭い推理で迷宮知らず、とはいえ所詮はただの高校生だ。だが、キッドの現場に強引に親の権力で割り込んでくる白馬とは違い、警察から直接応援要請が行くというのだから恐れ入る。


―民間人は民間人らしくしてれば良いものを―

やけに、自分の膝で無防備に休む探偵が幼く見えて、たまらなくなる。今夜、探偵を拾ってから何度目かの消化不良のため息をついた。

黒羽快斗は、キッドを付け狙うこの高校生探偵が気に入らなくてしかたない。

しかし、怪盗キッドはこのジョーカーのことが気になって仕方ないのである。

同じステージで競える最高の好敵手。キッドの認識では彼だけがその地位にいる。

だから、そんなトコでへばって欲しくないのだが。
幼さが残る青白い顔、ベンチに投げ出された細い四肢、人生経験なんてたかが知れている。17歳なんて、まだまだどうしょうもなく子供じゃないか。


この姿は、そのまま自分を見ている様でたまらない。彼と自分は合わせ鏡の表裏だから。


―なぁ、折れるなよ。自分で選んだ道なんだろ。―


不様に倒れて、犯罪者に介抱されて、情けなさに潰れそうになってもさ、立ち上がれよ。

少し、風が出てきて木々が葉を揺らす。薄着の探偵はこのままでは風邪を引くかも知れない。


隠し持った錠剤のひとつを口に含む。
顔をそむけ自己嫌悪している探偵の頭をすくい寄せ、唇を合わせた。
「ばっ、何しやがっ…んっ」
睡眠薬を含ませたその行為に、甘さはなく、新一は、驚きと非難で混乱しながらも、意識を失うその時まで力の入らない目で必死に怪盗を睨み付けた。

「あぁ、その目だ」
ようやくいつもの不敵さが見えて、怪盗は愉快に笑んだ。

迷わないで。
逃げないで。

「あなたは探偵でしょう?」

惑わせて。
逃げ切ってやる。

「私は怪盗ですから」


冴えざえとした月の下。

探偵の携帯電話で呼び出した保護者の車が到着するまで、怪盗は彼の寝顔をずっと眺めていた。





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