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□―最愛のあなたへ―
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「ねぇ!新一。園子から教えてもらったんだけど、近くおいしいケーキのお店出来たんだって」
今日は放課後暇なんでしょ?ね、行こうよ。
紺色のブレザー。肩を並べて、通い慣れた通学路を歩く。屈託なく笑う幼なじみ。
毛利 蘭。
俺の大切なひと。


―最愛のあなたへ―


「ケーキ?んなもん園子と二人で行ってこいよ」
「でも、珈琲もすごく美味しいらしいよ。お客さんごとにブレンドを調整してくれるんだって」
ねぇ、良いでしょ?


「なんか寄り道したくなっちゃうんだ。」
昼休みに、教室で彼女が洩らしていた言葉がよみがえる。
その理由は形にしなくとも俺には痛いほど解ってしまう。

………コナンがいないから。

歳の離れた預かり児はもういない。世話を焼いていた子供の不在にまだ慣れないのだろう。

江戸川コナンが毛利家からいなくなり、俺がこうして存在している。
からくりを知っているものならなんでもないこと。
けれど蘭や、おっちゃん、小さな学友たちは真実を知らない。
両親とともに遠い異国へ行ってしまった(ということになっている)コナンをいまも心に引きずっている。


あぁコナンは、本当に愛されていたんだな。

残されたもの達の嘆きに、俺は感謝と罪悪感に苛まれる。―――けれど本当の事は言えない。


あ、あそこだ。新一。指さして蘭が嬉しそうに笑う。
目当ての店は思いの外近く、店の看板が見える場所まで来てしまっていた。
「ったく、しゃーねーな。入るか」
ため息をついて店のドアを蘭のために開けてやる。
彼女の笑顔にはまったく弱いのだ。

イートインを合わせたケーキショップは落ちつきのある雰囲気で、なかなかゆったりとした店内。
それでもケーキ専門店らしく、渡されたメニューのラインナップの多さに蘭は目を丸くして、どれを食べようかと真剣に考えこんでいる。
「どうしよう、季節のタルトも美味しそうだけど、オリジナルチーズケーキも気になるし」
「良いじゃねえか、2個食べれば?」
「カロリーオーバーよ」
ちょっと顔を赤くして困ったように告げる。女の子なんだな、と俺は感心する。
「じゃ、俺はチーズケーキにすっから、一口食べるか?」
「えっ、ちょっと新一!?」呆気にとられた蘭を差し置いて店員にオーダーを伝える。

お菓子屋に似合いのワンピース型の制服の女の子が注文を復唱してカウンターに戻って行くと急に手持ちぶさたになってしまう。


――――さて、どうしようか?


不自然なところはないだろうか。
俺は今ポーカーフェイスを保てているだろうか。

あいつの大事なお馴染みの前で、ちゃんと工藤新一でいられるだろうか。

ウインドウの外を眺めるふりをして、映しだした虚像におかしなところが無いか目を走らせる。


「コナン君、元気にしてるかな」

俺の仕草につられて窓の向こうを見ていた蘭が呟いた。
近くの私立に通う小学生の兄弟が重そうなランドセルを背負って帰って行くのが見えた。

「コナン君から手紙がときどき届くんだ。友達ができたとか、元気だとか」
「そうか」
「電話でちゃんと声が聞きたいけど、時差があるし。コナン君には悪いけど、コナン君のご両親、ちょっと苦手だから掛けづらいんだ」
「そうか」
「急にこっちに来て、海外で一緒に暮すからって連れてっちゃうなんて。いくら何でも酷すぎよ!出発前の空港からお別れの電話が最後なんて。朝、いってらっしゃいって見送ったきりなんて」

「そうだな」
だんだん、気持ちが高揚してきたのか彼女の目の端に涙が溜まるのが見えた。


「でも、やっぱり両親と一緒にいる方が幸せなんじゃないか?」

きょとんと、俺の言葉に目を丸くした蘭は、……そうかも…と微笑んだ。

「そうだ、新一のとこも、おじさま達帰ってこられたんでしょう?実はうちもね、お母さん帰って来るかも」
「へぇ、良かったじゃねえか」
「うん、お父さん、寂しくなったみたいでお母さんに電話してたみたい。コナン君のおかげだね」


あ、ケーキ来たね。わぁー美味しそう。


彼の愛した無邪気な笑顔。安心すると共に、どす黒い感情が込み上げる。


時々、本当のことを言いたくなる。


君が世話をした江戸川コナンはもういない。
君が恋した工藤新一はもういない。


組織の奴らに、やられたんだよ。銃撃の弾丸が頭を擦めて、もうずっと眠ったままなんだ。


俺は、何をしているんだろうね。
工藤新一になりすまして、彼の両親を巻き込んで、手紙も電話も小細工ばかりだ。


今朝も、工藤邸の奥で機械に繋がれ眠る新一の横でこの制服に袖を通していると物言いたげな小さな科学者の疲れ切った視線を感じた。
辛いながらも送り出してくれる工藤夫妻の心情が胸に刺さる。



真実は、いつも一つで。
現実はタネも仕掛けもありません。




けれど、もう。
壊したくないんだこれ以上。彼の愛したこの世界を。
俺の愛した、すべてだから。

慣れない珈琲の苦味が、今は有り難かった。




江戸川コナンはもういない。
工藤新一はもういない。

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