戦国

□紅
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赤い 赤い

ざわめく樹木が生命の最後を燃やし尽くさんと、辺り一面を華烈に彩る

その最後に餞を贈るかの如く

落ちる陽がじんわりと美しい緋色を手向け、空をも紅く燃える。


今年の秋は暖かかった。しかしその分、油断していられないな。と、壮大な自然の炎に感嘆のため息を吐きながらも、頭の片隅で現実と向き合う男が一人。

「米は豊作だったとはいえ、海が安泰とは限らねぇし、ちゃんと蓄え作っとくように言わねぇと…」

視線を山々に留めたまま、無意識にぼそり、呟くと

「ぶはっ」

真横から、思わず噴き出しましたと言わんばかりの笑い声
何事かと訝しげに眉を寄せて隣を睨む

「いや、だってお前、ははっ、スゲー紅葉に見入ってため息まで吐くから、何考えてんのかと思ったら…」

ひとしきり笑って、ニヤッとこちらを伺う、赤みがかった鳶色の瞳。
急に失態をしでかしたような気持ちが沸き上がり、顔を逸らす。

「うるせぇな、お前がしっかりしてくれねぇと、俺らがとばっちり食うんだからな」
「わかってるわかってる。ちなみに、今んところ海は安泰だぜ?潮も落ち着いてるし、漁も商いも順調だ」
語尾に鼻唄を滲ませて、この雑賀鉄砲衆の頭領は上機嫌に語る。

「…ふぅん」
「なんだよ」
「いや、お前も成長したもんだなぁと。調子に乗って鼻っ面折られんなよ」
「はっ、言ってろよ」

からかうように掛け合いながら、どちらともなく互いに口端を上げる。

ザァッ………!

強い横風に落ち葉が、羽織が舞う。無意識に風の吹いた谷側を見れば、ほぼ同時に孫市も同じ方向を向いたのがわかった。

「はー、見事なもんだな」

さっきから同じ紅葉を見ていたハズなのに、今更かと笑いが漏れる。

「そういや、お前の方はさっきこれ見ながら何を考えてたんだ?」

先ほど、自分が笑われるまで同じく無言で隣にいたのだ。コイツには珍しい何か別の、重要なことを考えていたのかもしれない

「え、あーいや、別に?」

予想外に歯切れの悪い返答に、はぁ?と憤りを込めた視線を向ける。

「なんだよ。なんか馬鹿なこと考えてたのか?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ…なんつーか」
「なんつーか?」
「こんな静かにお前の横顔眺められるのも、そうねぇよなーって」

思ってさーなどと語尾を伸ばして茶化そうとする、コイツは、今、なんて言った…?

「おまっ、お前やっぱり馬鹿なコト考えてたんじゃねえか…!」
「馬鹿じゃねぇよ!夕陽と山の赤で、なんだかいつもと違くて新鮮っつうか、見惚れてたっつうか」
「なっ」

恥ずかしいコトをさらりと、しかもまっすぐに言ってのけたコイツに呆れて、小言をこぼしながらさっと踵を返す。

「あれ?顔赤い?」
「馬鹿か!陽が当たってるからそう見えんだろ、調子に乗るな」

そう、だから慌てる必要なんて何一つ…

「よし!」
「おわっ」

踵を返した俺の肩を、後ろから飛び付くように勢いをつけて抱く。心臓が跳ねた。思わず前につんのめりながら、なにしやがる、と噛みつこうと顔を上げる。

「帰ろうぜ!守重」

勢いのままに前へと踊り出て、ニッと満面で笑った孫市の瞳がゆるり、開いて俺を映す。

刹那、燃えるような緋が揺らめく。
真っ赤な陽を受けて反射する双眼はまるで、瞳の内から光を発しているかのようで

時が、鼓動が止まるような感覚に、息を呑む。

「守重?」
「あ、ああ。そうだな…」

瞬間の、奇跡みたいに神がかった光景。いつもは褐色がかった烏の瞳に射した、燃える焔よりも濃い、輝き。
ただの偶然だとわかっていても

「帰ろうか、孫市」

その瞳に焦がれている自分がいる

きっと

この先も、ずっと
その光が見えなくなるまで



惹かれ続けるんだろう






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