魏・漢
□春眠、優しさを覚えず
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アイツはとにかく口が悪い。
歯に衣着せぬ物言いという言葉を、驚く程きっちりと見本通りに実行してくる。
相手の気に入らない所は痛烈に批判するわ、毒舌が冴え渡ってるわで
まさに魔王の如き男である。
だが、その魔王は同時に
決して自分を擁護することもしないのだ。
<春眠、優しさを覚えず>
「張遼。おい張遼」
不機嫌な声の主は、大きな馬小屋の壁に対峙するように立っていた。
「…俺が呼んでいるのに返事も無いとは良い度胸だな」
それでも目の前の壁、ではなく、壁に寄りかかって座っている大柄な男から、返事は返って来ない。
それもそのはずだ、返事の代わりに耳に届くのは何とものんきな寝息なのだから。
そんな相手を不機嫌そうに見下ろしていた男、郭嘉はふと思案気に視線を泳がせる。その前をまだ未熟な春風が吹き通っていった。
再び郭嘉の青い瞳がのんきな居眠り男こと張遼に狙いを定めた。
そして、
「起きろ!!こんのメタボがっ!!」
「ぐぎゃぁあああああ!!!」
郭嘉のそりゃあもう見事な踵落としが炸裂した。
「ぐぉぁ〜…。いきなり何をするんだお前は!!」
「無様に寝ていたから起こした」
「いや、事実をそのまま語られても困る!!それはわかる!」
「わかっているなら聞くな。ところで張遼、お前今日暇だろう。」
「ああ、馬の世話も終わったから暫く暇だが。俺が聞きたいのはそこではなくて、少しくらい寝かせておいてくれてもいいんじゃないかと…」
「なら、今から俺の部屋へ来い。お前の稚拙で単細胞な頭でも無いよりはましだ。手伝え。」
「しかも強制労働か!?…まぁ、いい。だが、その人使いの荒らさはどうにかならんのか。」
「うるさい。ふん、そこまで言うなら仕事が終わった後ゆっくり寝れば良い。なんなら永久に目覚めなくしてやっても良いが?」
「なにかとても恐い事を言われた気がするな…」
「おい張遼、ボサっとするな。さっさと来い」
「わかったわかった。…郭嘉」
「今度はなんだ。いい加減口を縫い付けるぞエア勇猛持ち」
「別に俺は多少寒くとも風邪なんてひかんぞ?」
「っ!」
後ろを歩く張遼を振り向いたその顔に常の冷徹さは無く、瞬時に火を噴くはずの毒舌はいまだ歯の奥だ。
どうやら珍しく予想があたったらしい。
その一瞬の表情でそう確信した張遼は、言ってくれれば礼のひとつも並べてやれるものを、と半分諦め半分呆れながらヒョイとひと足で横に並んだ。そして、その青い瞳に向かってニッと笑いかける。
対する郭嘉はバツが悪そうに眉根を寄せ、張遼を鋭く睨んだかと思うとさっさと前を向き直った。
「…自惚れるなよ」
「ああ、わかった。仕事が終わったら郭嘉もいっしょに寝るか?」
「死ね」
了
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