魏・漢
□見つめているのは果たしてどちらか
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「いやはや、まったく貴方という方は、無茶と無謀の違いがわかってるんでしょうか〜…」
「えー、そんなぁ攸ちゃん。俺、今日かなり頑張ったんスけど…。」
「序盤で伏兵踏んで、攻城もらってませんでしたっけ〜?」
「うっ…で、でも最後は俺が特攻して落城したッス!!」
「その特攻が決まったのはラスト何カウントでした〜?」
「2ッス!!(ビシッ)」
「そこは威張る所じゃないんですが〜…。」
戦の後
そんな会話を交わしながら、ホウ徳の腕に包帯を巻いてやっているのは、魏の大水計師こと荀攸だ。
ホウ徳はよほどの傷でない限り、かすり傷だからと言って自室に戻ってしまうので、こうして荀攸が手当てに来ている。
「心なしか貴方の言う"かすり傷"の程度がだんだん酷くなっているような気がしますな〜。」
今は包帯の下に隠れた、明らかに浅くない太刀傷を見やった後、問い詰めるようにジロッとホウ徳の目を見据える。
しかし彼はその視線を何事もないように受けとめ、いつも通りに返してきた。
「そっスか?こんなのかすり傷ッスよ。全然平気へーき」
鈍いのか肝が座ってるんだか…
いや、そもそも自分に凄みが皆無なのか。
ため息をついて、それならばと話の核心をつく事にした。
「貴方は、私に手当てしてほしいから、やせ我慢してるのではないですか?」
へ?というなんとも間の抜けた音は、どうやら彼の口から出たらしい。
暫く視線を頭ごと天井へ向け、思い当たる節を探しているようだ。答えを聞かなくとも、その反応なら絶対予想通りである。
「あ〜…、そうかもしれねッス!いって!!痛いっスよ攸ちゃん!!」
「自分の体を大事にしない阿呆な人にはこうです!痛いならちゃんと薬師の方に見て貰って下さい。」
「えーだって攸ちゃんが来てくれるしぃったいって!!」
全く反省の色の無い調子に、荀攸は更に容赦無く包帯を絞める。
「ゆ、攸ちゃんだって、いつもわざわざ手当てに来てくれんじゃないッスか!!昔と違って人手は足りてるだろーにっ!!」
その一言に荀攸の手が止まった。
痛みから開放されてホッと息を着いてから、そう言えば、と急に浮かんだ疑問を投げ掛けてみる。
「そうだよな、女中も増えたし、それでも攸ちゃんが俺の所に来てくれるのって、なんでッスか?」
ぽろっと言ってから、
じゃあもう来ません
なんて笑顔で断言しかねない事に今更気付き、慌てて目の前の荀攸を見ると、
「…なんででしょうね。」
ポツリ呟いたそれはいつも人の話を流す口調とは違い、自分自身に問いかけているようだった。
ホウ徳が顔を覗き込むと、そこにはポカンとした表情。
外見はのんびりとしたイメージの荀攸だが、意外とこういう表情は珍しい。
しげしげと見つめるホウ徳の視線でハタと我にかえった荀攸は、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべた。
「嫌なら仕方ないですね。次からは別な人に頼むとしましょうか〜。」
再びホウ徳が慌て出す。
そのあまりの大袈裟っぷりに、思わず荀攸は声を出して笑ってしまった。
本当に、最初とはずいぶん変わったと思う。
そう、自分が初めてホウ徳のかすり傷を手当てしに行ったあの時とは。
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