蜀
□今、気付いた事
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これはヤバい、なんで怒ってんのか全くわからないがとにかく動けない。
「ち、張苞っ…」
「黙れよ。関興。」
いつもより低く、真剣味を帯びた声に、俺は思わず息を呑んだ。
張苞はそんな俺の上に馬乗りになりながら、言葉を続ける。
「…関興。俺、すげぇ悩んだんだ。」
薄く金を纏った深い青の瞳が、わずかに揺れる。
「でも、無理…でさ。無かった事にするのは…。」
そこで言葉を切り、唇の端を犬歯で噛む。
あぁ、またいつもの癖だ。
言う事を躊躇う時、言った事を後悔する時、こいつはこうして唇に歯を立てる。
素直だからこそ、臆病になる。
やがて張苞は意を決したように、震えていた唇を大きくを開いた。
「関興、俺は、お前の事が好きだ。どうしようもなく、すっごく好きだ。」
「お前の全部が欲しい、そしてお前に溺れてみたい。」
最後は一息に言いきって、張苞の切れ長の瞳が関興を真っ直ぐに映す。
(それって……)
伝えられた言葉が関興の頭に染み込むまで、そんなに時間はかからなかった。
一方伝えた方の張苞は、心のもやを吐き出せた事の安心感とは程遠い、重い不安感に押し潰されそうになっていた。
(…言った。言っちまった。)
無意識に唇を噛む。言ってしまえば、もう元の関係に戻れない事くらい、わかっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。じゃないと、どのみち自分はダメになる。
関興は何も言わない。
空間を支配する沈黙が辛い。痛い、身を割かれそうな程に。
関興ならと。関興なら自分の思いを受け入れてくれるのではないかと思っていた。
けれど…
「…ーーっ、バッカじゃねえの!?」
堪らず沈黙を破ったのは、張苞だった。
拘束していた手から徐々に力を抜いていく。
(震えるな、震えんなっつうに!!)
「なに大人しくしてんだよ、早く、逃げれば良いじゃねぇか。ほら。」
そう吐き出して体を離す。
いつも通りのふざけた感じを苦し紛れに装って、
精一杯の強がり。
早く早く、じゃないと俺の理性が持たない。
自覚してしまった今、身を焦がす衝動が止まらない。
今すぐ全てを、お前を、壊してしまいたくて、堪らない。
力ずくででも、全てが壊れ堕ちる事になっても、俺はきっと止まれない。
だから
(逃げる…?)
そうだ。今普通にヤバい状況だ。男に組み敷かれるなんて武人として一生の恥じ、場合によっては舌を噛み切るもやむ無い。
(…なのに、なんで俺は大人しくしてんだ?)
笑顔が見れなくなって、すごく不安になったのは――
頼ってくれていると思って、舞い上がる程嬉しかったのは――
こんな状況でも、辛そうなその表情を心配に思ってしまうのは――
他でも無い、張苞だから…?
俺は考えるよりも先に手を伸ばした。
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