魏・漢
□見つめているのは果たしてどちらか
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「…で、軍師ともあろう方が一人で俺に何の用?…っじゃなくて、何の用ですか。」
「いいですよ〜そんな堅くならなくて、私はまだ叔父の荀イク殿のように偉くありませんからね〜」
いぶかしけな視線を真っ直ぐ受けとめて、のんびりと笑ってみせる。
相手は少し困惑したようだったが、渋々部屋に入れてくれた。
「あぁ、用でしたね〜。貴方の手当てをさせて下さいな。」
「…は?そんな事?」
「そうですよ?今人手が足りないんですよね〜」
やれやれとそう言いながら適当な所に座り、さりげなく問答無用で薬箱を広げ始めた。
「座っていただけると、ありがたいのですが〜」
「…俺は別に、手当てなんか必要ないって言ったんだけど。」
そう言いつつもゆっくりと近くなる目線に、荀攸は微笑んだ。
未だ完全に警戒を解いてくれてはいないが、根は素直で良い人なのだろうと思う。
そりゃあ、軍師がいきなり来たら何か意図があるんじゃないかと疑うのは当たり前だ。
実際、別に人手が足りないからといってわざわざ荀攸が来た訳ではないのだ。
胡座をかいたホウ徳の隣に座り直して、腕を見せてもらう。
正座をしているのに若干私の方が低い気がするのは気のせいでしょうか。
「うわー確かに擦り傷ですけど、かなり痛そうじゃないですか〜」
「舐めときゃ治る。」
「いけませんな〜酷くなって腕が使えなくなったらどうするんですか。」
「…別に、どうもしない。」
視線を上げると、彼は顔をバツの悪そうに背けた。
本音だ。
そう荀攸は確信する。
やはり相手を知るには近くで触れてみるのが一番良い。
だから荀攸は手当てに来たのだ。
最近我が魏国に降ったばかりの将、ホウ徳令明の元に。
「そんな事を言ってはいけませんな〜。なるほど、郭嘉殿が心配するわけですよ。」
「…あの軍師殿が?」
「えぇ、あの人はきついですけど、ああ見えて心配性なんですよ〜。貴方が無茶やらかす事をとても心配してました。」
「でも、策戦を乱さないようには心がけて…」
「そうではないのですよ、ホウ徳殿。慣れないうちから頑張り過ぎて、潰れてしまうんじゃないかって、皆心配してるんですよ。」
ホウ徳は意味がわからないという表情でこちらを伺う。
荀攸はそれに迷いの無い肯定の笑顔で返した。
「貴方はとても強い。だから皆さん期待しているんです。」
「…」
「あぁ、すいません。いきなりそんな事を言われても、ですよね。でもね、私もわかるんですよ。」
「貴方が戦場を駆ける姿はとてもかっこいいですから。」
この言葉には嘘偽りはない。
この人は絶対に我が軍に必要な人材になる。そう確信したからこそ、わざわざ荀攸自らが来たのだ。
「でも、だからと言って焦り過ぎは禁物ですよ?皆さんいい人ですから、ゆっくり馴染んでいけば良いんです。ゆ〜っくりね。」
とのんきな調子で言いながら、包帯の端を結ぶ。
「出来ました!…けど、ちょっとへたくそ過ぎますね〜…。お手数かけてすみませんが、やはり他の人にやり直してもらいましょうか。」
「いえ、これで…。」
ホウ徳はいびつな巻き方の包帯をゆっくり撫でて、顔を上げた。
「…ありがとう。」
遠慮がちに浮かべられた笑顔は、警戒を解いてくれた証。
初めて見たその笑顔は、素直で人懐っこそうで。
これなら、じきに周りとも馴染めるに違いない。
(来て良かった。)
荀攸は安心して、心からの笑顔で返したのだった。
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