book2 (story)

□図書室の君
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喧騒を嫌い
私はいつもここにくる

今となっては図書室の番人などと呼ぶ人も少なくない
今日もいつもと変わらず貸出しカウンター内で森鴎外に目を落とす

突然ページに影が落ち、顔を上げると時代小説を手にしたクラスメイトが立っていた

「よろしくたのむ」
小さくてもよく耳に響く声で言われ真田君の貸出しカードを引き出しから探しだし慣れた手つきで手続きを済ませる

「来週の月曜日までです。あと、カード二枚目に入るから次来るときは生徒手帳も一緒にね」
そう告げると
「了解した」と返された

いつもならこのまま図書室をあとにするのに真田君はまだ目の前にいる
不思議に思って「何?」と聞くと突然彼の手が伸びてきた、びっくりして動けないでいると
「前髪が目にかかっている、このままでは検査に引っ掛かるぞ」
珍しく少しだけ笑みながら言うものだから戸惑ってことばが遅れてしまった
「分けるか切るかだよね…どっちがいいかな」
小さく独り言みたいに呟いたのに聴こえてしまっていたらしく
「…………こっちのほうがいいんじゃないか?」
と指先で前髪を横に流された
少しだけ額に触れる指先がくすぐったいのと恥ずかしさで顔が熱くなる
真田くんも気がついたのか
「すまん」と言って指を引っ込めてしまった

しばらくの沈黙の後
真田君は「ではまた教室でな」と言い出口に向かった

小さく返事をしていると
もうひとつ言わなくてはいけないことを思い出して
急いで追いかけた

「真田くんっ!」
「どうした?なにか忘れていたか?」
「あの、ついでで悪いんだけど切原君っているよね?後輩に」
「ああ、いるが…切原がどうかしたのか?」
「夏休みに借りた本まだ返ってないから、早めに返してねって伝えてくれないかな?」
「……そうなのか、すまない。伝えておく」
「ううん、ごめんね頼んじゃって」
「いや、御安い御用だ。」

そう言って去ってゆく背中に
好きだよって言えたらいいのになぁと思いながらもゆっくりともといた席に戻る

突っ伏してさっきのやり取りを反芻する
胸にフワフワした暖かさが広がってなんとも心地よい
贅沢しなくてもこんなに私は幸せじゃないかと自分に言い聞かせて本に目を落とす

願わくばこの日常が続きますように
そう思いながら今日も私は図書室にいるのだ
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