硝子の物語(連載)

□まだ、キミのこと
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紫煙



どうしてこうなったのか、よくわからない。

覚えているのは、仏頂面浮かべて、くしゃくしゃの煙草を燻らせる姿と、特徴的な髪の色。

「ははっ、まさか俺が男とヤるなんて思ってなかった」

俺は布団に包まりながら、モヤモヤした感情をかき消すようにぐっと目を閉じた。

ゆっくり足音が近くなって、やけに研ぎ澄まされた耳はどんな音も取りこぼさない。

布団に掛けられた手がシーツと擦れる音がして、体がびくりと反応する。

剥ぎ取られた布団を、追いかけるように飛び起きてみれば、目の前には不敵に笑う彼の姿。

「かえせよ、…」

それ以上の言葉は浮かんでこない。

「なんだよ、帰りてぇのか?」

その言葉を肯定することも否定することもできずに俺は俯いた。

「…何も言ねぇの?“帰りたい”って言ってみろよ」

顎を上に持ち上げられて、キスをされる。煙草の苦みが、脳に回り侵されるような感覚。

虚ろな目で捉えた 彼の 沈んだような瞳の色。

何も信じてないような、冷たい色。

吸い込まれるように魅入ってしまったあの時から、もう歯車は狂っていたのかもしれない。



―…



「麦わら屋、浮かない顔してるぜ?」

同級生で、なんだかんだ面倒見がいい友達ローが俺の顔を伺う。

今は生物の講義中。あまり大きな声では喋れないので、ボソボソと小声で会話する。

「いい加減その変な呼び方やめろよ」

「わり、くせでな…で、どうしたよ?」

ふうとわざとらしくため息をして、ローの瞳をぼぅっと見つめてみる。

「ローはさ、どうでもいい奴と、その、…寝れたり、できる?」

いつもは半開きのようなだるそーな目をしているローの瞳が最大限に見開かれ、若干体が固まったように見えた。

「え、寝るって、SEXだよな?」

思わず聞き返すローの声は結構動揺を隠し切れていないのがバレバレなほどに大きく、前に座っていた女の子2人組が、ちらりとこちらを振り向いた。

「ばっ、ロー!声がでけーんだって!」

そう叫んだルフィの声のほうが一番大きく講義室に響き、授業をしていた生物担当の教授はカンカンに怒り、俺たちに出て行けと怒号を飛ばした。

ま、それは結構都合のいいことで、つまらない授業を受けるよりは…と、俺達2人はそそくさと講義室を後にした。

廊下を歩きながら、先を歩く俺に駆け足で追いついたローは同じ速度で隣を歩く。

「…ルフィ、今のはお前が悪い」

「SEXとか言うからだ。馬鹿。だいたいこのほうがお前にだって都合いいだろ?」

「まぁ、つまらねぇ授業受けるよりは何十倍もな」

「だろ?」

「…つか、さっきの話の続き教えろよ」

はいはいと軽くあしらって、大学の中に設備されている小さな小洒落たカフェに入る。

バーには顔なじみの、このカフェの看板娘マキノが働いている。

扉をあけると、いらっしゃいませと愛想よく笑うマキノに挨拶をして、スペシャルブレンド2つと注文した。

いつもの指定席。壁際の2人席に腰をかけ、ローと向き合う形で座った。

「…まさか人妻?」

そわそわしながらローが質問する。

「ちげーよ」

俺は頼みもしないのにテーブルの端に置いてあったメニューを眺めながらぶっきら棒にそう答えた。

「お前にとってどうでもいい奴?」

「…相手にとって」

ローはふーんと言って、難しそうな表情を浮かべた。

「ルフィはそいつのこと好きなのか?」

「んー…わかんね。でも、モヤモヤする」

「それは好きってこ…「お待たせしました、スペシャルブレンド2つですね」

ローの言葉を遮るように、マキノが注文した品を運んできた。

「ゆっくりね」

にこやかに笑うマキノに微笑み返し、少し項垂れたローを見る。

「ちょっと俺、いいこと言おうと思ったのに」

拗ねたように唇を尖らせるローを見て、俺はけらけら笑った。

「…ルフィ、お前彼女居たことあったっけ?」

「ないけど」

だよなーとコーヒーカップに口をつけながら、ローは頷いた。

「…初めての女がそんなんって災難だな」

俺は、“女”という言葉をうまく頭で消化することができずに、それでもなんとなく頷いた。

「ローはヤッてポイとかできる?」

今日のスペシャルブレンドはいつもより少し薄いななんて思いながら質問する。

低いうなり声をあげながら、頭をポリポリ掻いた末、ローは今までにはないけど…と曖昧に答えた。

スペシャルブレンドを飲み終えて、席を立ち、まだ座っているローの耳に手を添えて、口を近づけた。

「女じゃないんだ」

ぽつりとそう囁いて、口を離すと、ローはさっきとは比べ物にならないほど、さらに目を丸くさせて、陸に揚げられた魚みたいに口をパクパクさせた。

そんなローを無視して、一人レジに向かい、勘定を済ませてカフェを出た。

ローにこんなこと言ったのは、ただの気まぐれ。

でも、予想以上の反応を示してくれたあいつを思い出すと、一人で吹き出してしまった。



―…
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