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□氷溶かす夏
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 プリベッド通りのダーズリー家の屋根裏部屋の窓に、この夏、くしゃくしゃの黒髪にメガネをかけた男の子が顔をのぞかせ、始終外をながめていた。
 そうでなければ、くさむしりを言いつけられた庭先で、ふと汗をぬぐい、手をとめては、空を見上げている。
 ホグワーツの3年目が終わった夏休み。
 ハリーの顔が笑みでいっぱいに輝くのは、遠くから青空をわたってくる白いフクロウの影をみとめたときだ。
 ヘドウィグは、2日と空けず、シリウスの手紙をたずさえてやってくる。
「ありがとう、ヘドウィグ!」
 疲れきった様子のヘドウィグのくちばしの先にカゴの中の水入れを近づけてやると、ヘドウィグが首をのばして水を飲み始めた。
 ハリーはベッドに体を投げて、急いた気を落ち着けながら手紙の封を切った。封筒の表にサインはないけれど、ハリーにわかるような目印、たとえば犬の爪あとなどがこっそりつけられているのだった。
「やっぱりシリウスだ……」
 シリウスからの手紙の文面を大切そうに読みながら、いつも、ハリーの心はあたたかく満たされる。
 読み終わると、封筒にしまいなおして、秘密の場所にきちんとまとめて置く。
 それからびんせんを取り出して、羽ペンを手に、手紙をありがとう、とはじめの文句を書きつけるのだった。
「会いたい。会って、話をしたいなぁ。もっとたくさんのことを、顔を見て、話したい」
 手紙をヘドウィグの足に持たせると、ヘドウィグの白い頭をはさんで、ハリーは語りかける。
「おまえが九官鳥だったら、そう伝えてくれたのに。 手紙じゃなんだか、うまく伝えられそうにない……」
 

 シリウスへ。
  
 手紙をありがとう。
 きのうの新聞にあなたが目撃されたという記事がのったときはびっくりしました。
 本当にあんなところまで行ったんですか? 
 あなたは犬になっても泳ぎが上手なようだけど、あんなところは野生の動物が危ないし、
 あまり遠くまでいって欲しくないのが本音です。
  
 次はいつシリウスに会えるのか、いつも考えています。
 犬の姿でもかまわないから、きっとまた会ってください。
 それから、どこか安全なところで話をしたいです。
  
 あなたを困らせたくなくて今まで書かなかったけど、本当にそればかり願っています。
 無理なお願いかもしれないし、あなたに危険が及ぶことを考えると気が滅入りますが、
 それでも、会いたいと思っています。
  
 お返事を待っています。

  ハリーより。


 次の日、ハリーは玄関を普通のほうきではきながら、いつものように空を見ていた。
 シリウスはどんな風にあの手紙を読むだろう……
 自分は、甘えているのだろうか。迷惑でわがままな子どもだと思われただろうかと考えて、期待にふくらむ気持ちが、一方ではふさぎこんでいく。
 翌日、ヘドウィグが帰ってきたけれど、シリウスからの手紙はたずさえていなかった。こんなことは今までで初めてだった。
 ハリーは、もしかしたら別のフクロウを使ってシリウスが返事をよこしてくれるのではないかという希望にすがった。
 その日はずっと、何かをこらえるようにして、窓の外の景色を見つめていた。
 日が落ちて暗くなっても、目をこらして、とうとう朝日がのぼるころ、ふっつりと糸が切れたようにベッドに倒れ、眠りこんでいた。
 眠りに落ちたかと思うと、ダーズリーおじさんに怒鳴り起こされる。
 ハリーがどん底まで落ちた気分を抱えて横になったままでいると、ダーズリーおばさんが入ってきて金きり声で叫んだ。
 体に不調を感じながら、ハリーは起き上がるしかなかった。
 草むしりを言いつけられて、ハリーはけだるい体を玄関から外へ運んでいった。
 真夏の陽光が容赦なく、生けるものを刺しつらぬくように庭に降っている。ハリーは強い光が目にしみて痛くて、目を開けられそうになかった。
 ひそかに持ってきていた透明マントをかぶり、どこかへ逃げ出そうと思っていた。その矢先、意識がもうろうとしてきて、目の前がまっくらになった。




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