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□ゴドリックの家
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僕はもう16だ。あと1年で成人する。
でも1年も我慢できないから、きょう家を出た。
朝から晩まで、母親という女と屋敷しもべ妖精がわめき、父親という男が足音ひとつにも血筋を持ち出してケチをつける。
あんなところを、家と呼べるなら……。
血統のこと、金貨のことしか考えていないあいつらと、これ以上暮らしてはいかれないと判断した。
僕は間違えてはいない。あいつらこそが、頭のおかしい、腐ったやつらだ。 僕は正しい。
何年たったって、この決意を悔やむことはない。
誰にもくつがえすことはできない。ほかの誰でもない、僕の決めたことだからだ。
呪文で雨をよけておいて、箒にまたがり、2階の窓を乗りこえた。
雨をたくわえた灰色の雲と、あたたかい夏の大気は、びょうびょうと鳴り、獄を抜け、大きな夜空へ飛びだした僕を迎えた。
急な方向転換にも、最新式の箒はなんなく受け入れた――
父親に感謝しよう。
大きな建物を目印に方角を確認しながら、進路を取った。
あの家が建っている、ゴドリックの谷へ向けて。
僕が呼び鈴を鳴らすと、間もなく耳に軽やかな足音が聞こえてきた。
玄関の扉を開けてくれたジェームズの母さんは、小さなキラキラした目をまるくして、僕の大きな旅支度のトランクを見つめた。
「こんばんは、おばさん」
黒いぼさぼさの頭が威勢よく階段を駆け下りてくる間に、ジェームズの父さんも、奥の部屋からひょっこり顔をのぞかせていた。
「いらっしゃい。うれしいわ、今度はいつまでいてくれるのかしら」
おばさんは僕を抱きしめ、
「こんばんは、シリウス」
おじさんははちきれそうなトランクを杖で部屋の中に運び入れ、
「家出か」
ジェームズはメガネをずりあげながら言った。
一斉にかかってきた声に、僕は笑って、うなずいた。
すると、おばさんがまるで母のように頓狂な声をあげ、おじさんはつかの間しぶい表情を浮かべた。
それが僕には不思議だった。
「シリウス。きみがそう決めたのなら何も言わないよ」
おばさんとおじさんは顔を見合わせて、うなずいた。
「そうね。ここにいてちょうだい」
「はい――ご迷惑をおかけします」
「ああ、ジェームズがひとりでいるとろくでもないことばかり起こすし、お鍋も放っておけないのよ。あなたがいてくれると安心だわ」
おばさんはにっこりして、その表情は、心の底からホッとしているように見えた。
ジェームズがすかさず舌を打って言った。
「お目付け役になるつもりなら、出ていけ。この猫かぶりめ」
「なに。ここは誰のうちだ? えっ?」
顔が赤くなってしまう前に、おじさんがジェームズをいなしてくれて、助かった。
「2階のジェームズの部屋の隣が空いているから、そこでいいかしらね」
おばさんが言うと、僕のトランクがひとりでに浮き上がって、2階へ上がる階段へ向かった。
「来いよ」
カバンの後に続くジェームズについて、僕も階段を上がった。
廊下を進んだ先で、ジェームズは、トランクが浮遊する前で閉まった扉を開けてやった。中へ行ったトランクが床に着地するのが見えた。
「おまえの部屋だ」
僕が部屋へ足を踏み入れるや、ジェームズはニヤリと笑った。
僕も笑って、高く掲げたジェームズの手と手を打ちあわせた。
「……とうとうやったなあ!おい。ママとパパにお別れを言ってきたか?」
「わけないさ。荷物をまとめて窓から抜け出しただけだ。 それでもあそこには二度と戻らない」
「ふうん――それは」
容量を越えて詰められたトランクがぶるぶると震えだしていた。中のものを一斉に床の上にぶちまけて、ぱっと開いた。
「どうかな」
「勝手にさわるなよ。僕のだ」
「勝手に開いたんだぞ」