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□天気雨
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セブルスは時計の針を見て、今の時間がまだ日中であることに気づいた。
黄昏どきのような薄闇に囲まれて、カーテンが閉じられた大きな広間の空気はそよとも動かない。
四方を高い書架に囲まれた図書室で、セブルスは幼い頃から本を手に取っていた。初めはそこにあるたいがいの書物が、セブルスにも難しかった。書棚の本を読みすすめ、年齢を重ねるにつれ、闇の魔術について書かれていることが理解できるようになってきた。
両親が闇の魔術へ傾倒し、ヴォルデモートへ忠心を捧げているのも、日頃の言動にあらわれていることだった。
それが正しいとか、悪だとか、考えたことはない。倫理なんて教わらなかったし、知りたいとも思わない。
ただ、セブルスは闇の魔術について卓越した知識と才能を備えていた。
セブルスは、本を日焼けさせるなという神経質な親の忠告をかたく守り、図書室の暗闇を守っていた。
ここ数日少しだけその約束を破り、カーテンの隙間から庭の池を見つめていた。
こっそり開け放した窓から湿気を乗せた風と、白い太陽の光、かすかな虫や動物の鳴き声が耳に伝わる。
この外に小雨が降っているのだろう。
雨が降るなら土砂降りになればいい。光が射していながら雨が降るなんて、居心地がわるい。そう思っていた。
* * * * *
さわがしい声が、セミの喚き声とともに鳴っている。
顔を背けていたが、ジェームズ・ポッターやシリウス・ブラックがその中心にいることはわかった。
くっきりと陰影をつけた夏の景色の中、セブルスの歩いている姿は、石柱の影に溶けこみそうに小さく見えた。
「セブルス」
呼び声を聞き振り向いたセブルスは、同じスリザリン寮で年長のルシウスをみとめ、足を止めた。
「こんなに暑いのに、相変わらず涼しそうな顔だな」
「……何でしょうか」
色素の薄いルシウスの金髪が陽に白く透けているのを見ながら、セブルスは彼の話に注意を向けた。
「君は魔法薬の調合が得意だったね。また頼みたいことがあるんだ」
セブルスは、くわしく事情を聞かないうちから頷いていた。
頼られることは嫌いじゃない。そんなことはごく珍しいことだが、自分の力を信じられる気持ちがした。
魔法薬学の教室へ、セブルスは地下階段を降りた。むっとする熱気がさえぎられたかわりに、かび臭くひやりとした空気が流れる。こちらのほうが自分には合っていると、セブルスは思う。昔にかいだ家の図書室の匂いに似ているのだ。
「面倒くさい…」
材料を並べているところで、棚に見つからない薬草を採りに、薬草園へ向かった。
地下を上がって、足が重くなる。汗もかかず面に表れないが、暑さは苦手だった。
やっとで押し開けた扉の向こうに、ジェームズの背中があった。
「ああ――。君、ルシウス・マルフォイと付き合わないほうがいいよ。あいつはよくない」
セブルスは面食らったが、すぐに言葉を返す。
「良いことと悪いことがわかるのか。君はその区別を知っているか?」
ジェームズは瞬きして、ためらわずに口を開いた。
「もちろん。わかるさ。でも、マルフォイはそれを間違える。君は利用されているんだよ」
「そんなこと、お前に言われたくない」
通り道をふさぐジェームズを押しのけて、セブルスは目当ての薬草の鉢の前へ行こうとした。
「待て。 スネイプ、良いことや悪いことの前にお前は何を作って、マルフォイがそれをどう使うのか知っているのか?」
「僕は承知している。ポッター」
「君はもう少し利口だと思っていた!」
「善人ぶって何にでも頭を突っ込むお前より賢いといえるさ」
ジェームズとセブルスは睨み合った。
「お前はマルフォイに手を貸すべきじゃない。それをよく考えろ」
そういい残して薬草園の出口の扉をくぐるジェームズを、セブルスは目の端で冷ややかに一瞥した。
「勘違いしているようだから言っておく。貴様の命令を誰もが聞くわけじゃない」