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□洗髪日和
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一日目(晴れ)――発端
ホグワーツで一番髪の美しい人は誰かとたずねられたら、ジェームズはすぐに彼女の名をあげるのに違いない。
その髪は黄昏がせまる夕日のように深い赤の色で、陽をうけてかがやくと、いろんな人やゴーストでごった返した廊下でもとりわけ人々の目を惹き、肩口までしなやかに流れた髪は、歩くたびにさらりと優雅に揺れるのだった。
「秘訣を教えてもらおう」
「……えっ」
暖炉の中でおどる火が黄色くやわらかな光で、思い思いにくつろぐ生徒たちの顔を照らしている。
ホグワーツのグリフィンドール談話室で、ジェームズはたった今起きたばかりのような顔をしてクッションを恋人のように抱きしめていた。
「何の話?」
たった今、正面のソファーに座って話をしていたシリウスに向かって、ジェームズは悪びれもせずに聞いた。
呆れたシリウスの表情がじわりと笑み崩れていくのを
「気持ちわるい」
とジェームズが評した。
ココアを吹いて冷ましていたリーマスも、それにうなずいた。
「ジェームズのだーーい好きなエバンズの話」
ピーターが笑った。
リーマスがココアに口をつけ、となりで髪をぐしゃぐしゃかきまわし始めたシリウスを見やった。
「……きれいだ」
頭を台風の後のようにさせたシリウスは手近にあったクッションを抱えて、ため息とともに言葉をもらした。
「あの髪の色……まるで夕焼けのようだ。ああ僕はあの太陽に近づきたい」
シリウスは手を上下させて鳥のすがたを演じながら、声を高くした。
「蝋の翼なら溶けて焼かれても死んでしまってもいい!だから飛び込んできておくれ、僕の太陽、僕のエ……」
リーマスはすすっていたココアを噴きだした。
ジェームズの目がかっと見開かれ、シリウスに向かって猛然と飛びかかった。失神をねらって首に回した腕で頚動脈をしめようとして、シリウスに抵抗されもみあっている。
歯をくいしばってシリウスがジェームズを投げ飛ばそうとしたときには、もう、リーマスの口から飛び出したココアの茶色い噴水が、4人の目の前に置かれていた羊皮紙に点々と染みをつくっていた。
「大変だ。大切な依頼書が」
シリウスの声に反応して、全員の視線がいっせいに一枚の羊皮紙に集まった。
さっそく羊皮紙の染みぬきを試して杖を振っているシリウスは、もったいぶって、最後にとうとうジェームズが教えてくれと頼むまで口を開かなかった。
「喜べ!われらに依頼が来たのだ」
シリウスはソファにゆったりと背をもたせ、声は低く威厳をただよわせるようにして告げた。
「こちらに依頼人がた、グリフィンドールとハッフルパフにレイブンクロー生、合わせて12人の署名がある」
白さが戻った依頼書をシリウスはみんなの目の高さにかかげていた。
机のココアを吸い取っていた杖をやすめ、リーマスはうーんとうなって、軽く手をあげてみせた。
「質問しても? どの部隊への依頼なの?」
シリウスは素にもどって答えた。
「見ればわかるだろ。スネイプ専属シャンプー部隊だよ。ほらここ」