小話

□花売り
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「トム、決めたよ」
「何をですか?」
 店番を任されていたリドルが店の奥へ引っ込むと、会計場をちらちらと窺っていた女性客たちが一様にその背中を見送った。
「これを君に売ってほしい。なあに、200鉢ほどだ」
 灰色のひげを口の周りにたくわえて、しわがれた聞き取りにくい声で店主が言う。目利きの腕が鈍っており、もうろくしているとリドルが踏む通り、近頃店主が仕入れてくるものはおかしな物が多かった。
「値はいくらです」
「ひとつ16シックルで売るつもりだ」
「それじゃ……12シックルでどうでしょう」
 濃い血の色をした鉢植えの花は、リドルが伸ばした指に噛み付きたそうに葉を揺らした。ハエや害虫を駆除してくれる食虫植物の新種であり話題の品として買い付けたがまがい物だった。店主がだまされてつかまされたらしい。
 店主はリドルに任せよう、というとワゴンに乗せた鉢植えの山を運んできた。
「トムはこの鉢植えと店の前に立っておくれ。できれば今日中に売っぱらってほしい。この花夜中うるさくてたまらないから」
「夜中、騒ぐんですか?」
「そうだよ。夜だけなんだ。昼は獲物のことで頭がいっぱいとみえる」
「この花に歌がうまくなるよう魔法をかけましょうか。そうして僕が売ってみますよ」
 店主は不可解な顔で首を傾けたが、リドルが杖を振ると真紅の花々が眠たげな茎をすっと伸ばし、カナリアが飛んできてさえずりを始めた。

 店の前に立ったリドルはノクターン横丁を歩く人々の目を引いた。真昼でも厚い雲に日差しを遮られた薄もやの中、リドルの微笑みがいかにも謎めいて映った。ぴたりと人々の視線が合うと、リドルが声をかけてくる。
「花はいりませんか。綺麗な声で歌います」
「どんな声かしらね?」
「日が落ちてからでないと歌は歌いません」
 リドルが鉢植えを掲げてみせると、葉が伸びてリドルの腕に噛みついた。
「ちょっと乱暴なんです。悲しい花です。もとは人間でした。決してとけない呪いがかかっています」
 どんな呪いなの、と客は聞いてくる。
「自分で命を絶ち言葉を持たない植物にされた。信じた人の裏切りに遭い、自死した血の中に咲きました。夜は怒りから覚めて歌います」
 さあ、ひとつどうですか、とリドルが鉢植えを差し出す。立ち止まっていた客は受け取り花を見つめると、闇が降りた中で響く美しい歌声が耳に聞こえてくる気がした。
「けど、歌を聴いてみないことには……」
 リドルは爪先でちょいと紅い花びらを突付いた。花は怒り出すが、耳を塞ぎたくなる音に替わってカナリアのような声の歌になる。
 店から顔を覗かせた店主はリドルの給料を上げようかと考えをめぐらせている。
「商売の才能があるなあ。というよりサギ師か?」
 店主は機嫌よく言い、自分の言葉に納得したらしく笑い声をあげた。
 店の中には鉢植えの山があり、花同士で葉を食いちぎるため離して置かなければならない。
「この花はひとつ16シックルです。けど12シックルにまけておきますよ」
 その花をもらおうかという声を、リドルが上辺にはにこやかに辛抱強く待っていた。





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