山本×ツナ2

□バレンタイン!≪前編≫
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ドサ、ドサっと大きな紙袋を置いて、部室の鍵を鍵穴にさしてから、ハタと気付いて足元を見た。
紙袋からは赤や青、茶色や紺の包み紙やリボンが覗いている。中身は全部、チョコレート。

―――そう、2月14日は、一年で一番俺の手元にチョコレートが集まる日でもある。

「やっぱ全部は無理だな」

重くはないが、結構かさばる。さすがに3つはキツい。
このほかにも部活道具の入った肩掛けカバンがあるのだ。

「ま、どーせ腐るもんでもねぇしな」

結局もう一度部室に戻って隅っこに紙袋を置いた。とりあえず明日持ち帰ればいいだろう。


こんだけもらっといて何だが、俺にはバレンタインというイベントの存在意義がイマイチよくわからない。
まぁ、くれるってんだから受け取るのが礼儀だろうし、そりゃー普通に嬉しいけど・・・正直“返事もお返しもいらない”ってのは、俺からしてみれば誕生日プレゼントとか試合のときの差し入れと何も変わらねえんだよな。

「つか、こーいうのって、彼氏と彼女だけでやりゃいんじゃねーのかなぁ・・・」

たくさん貰う好意だって、きっと悪くはないだろう。だけど、それよりも自分が本当に好きな人から、たった1つだけ貰えれば、そのほうが絶対幸せだよな、と思う。
チョコレートの数をあんまり羨ましがられるもんだから大真面目にそう言ったら、チームメイトとクラスメイトに「贅沢言ってんじゃねぇ!」と小突かれた。ついでに、「お前にもチョコ貰いたいと思う子なんているのか」と、かなりしつこく突っ込まれてしまった。

ホントのホントに、心から欲しいと思う相手なんて、そんなのいないけど。
なぜかそのときポンと頭に浮かんだ顔が自分の大親友の笑顔で、大慌てで掻き消したなんて、さすがに誰にも言えなかった。



「あ、」

「ん?」

部室から出た俺を見て駆けよってきたのは、薄暗い中でも思わず凝視してしまうほどの美少女。
栗色のセミロングヘアに、小柄で華奢な体型。こぶりな顔のパーツのなかでも印象的な褐色の大きな瞳。
キャラメル色のコートから覗くスカートは並中の制服だから並中生なのは間違いないだろうけど、こんな可愛い子、今まで見たことない。並中で・・・というより、俺の人生において、だ。

「おつかれさま。遅かったね」

ふわりと労わるように笑んだ彼女が可愛いすぎて。
内面の優しさが滲み出るような微笑みに、心臓を撃ち抜かれた。

(―――・・・うわっ!)

かわいい。

そう思ったときには心拍数が跳ね上がって、カァァっと、一気に顔が火照った。
目を見開いたまま、声が出ない。

「―――・・・っ、」

今まで人見知りなんて縁がなくて、どんな女の子を前にしても緊張なんかしたことなかったのに。今は喉に何か詰まってんのかと思うほど息苦しくて、ひとことも言葉を発せない。
金縛りになったみたいに身動きも出来ないまま、視線は彼女に釘付けだ。

「今、帰り?ひとりなんだ?」

まるで子リスのように愛らしく首をかしげた彼女の声は澄んでいて、女子にしては少し低いだろうか・・・・

ん?

気のせいか?なんかこの声、聞き覚えがあるような・・・


「・・・って、山本?どうしたの?顔真っ赤なんだけど!?」


あれ?あれ??

ちょっと待てよ、この声、この顔、このリアクション、どっかで・・・・・・


「――――え?ちょっと、まさか分かんないとか言わないよね??オレ!オレだよっ!!」



あ。

カチ、と頭の中で回路が繋がって謎が解けた瞬間。目玉が飛び出るかと思うほど驚いた。



「――――つ・・・・ツナぁぁ!!!???」



思わず素っ頓狂な声を上げた俺に、心外だというようにムッっとツナが眉間にしわを寄せた。

「そうだよ!!なんだよ、やっぱりわかってなかったのかよ!!」

「・・・・・や、だってお前・・・・・そりゃー・・・・」

「いくらもう暗いからって、顔くらい見えるだろー!?ひどいな、もう!」

ぷんぷんと頬を膨らませて怒る姿さえ可愛いツナに、こんなの詐欺だろとガックリ肩を落とした俺は、たぶん悪くないと思う。



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