山本×ツナ2

□ボディーガードと被保護者
1ページ/5ページ




 ――忘れもしない。3年前の出来事だ。

 決勝戦で日本がアメリカを破り、悲願のWBC優勝に日本中が沸いたその年。
 WBC制覇の立役者として、あちこちで表彰やら受賞やらを受ける機会が多くなった俺はその日、政界でもかなりの大物と評される議員のパーティーに招待されていた。
 正直なとこ、俺はまったく面識のない政治家のおっさんとコネクションを持ちたいとは思わなかったし、お仕着せのスーツを着て大人しくパーティーに出てるよりは、ホームグラウンドでバットを振り回している方がよっぽど気が楽だ。周囲の誰もが口をそろえて「絶対に行っておけ」と勧めなければ、俺は渋々その場に居ることもなかっただろう。

 異変は、すぐに起きた。パーティー開始早々、主催者である議員がステージに上がった、その瞬間だった。
 パァン、と鳴り響いた一発の銃声。何かの余興かとのんびり構えていた俺はしかし、壇上で砕け散った花瓶とパニックに陥った招待客の阿鼻叫喚に、状況がシリアスなものだとすぐに悟った。
 黒ずくめの男数人が次々と壇上に上がり、至近距離で議員に向かって長い銃を突きつけ何か怒鳴り散らしている。
 おいおいそりゃしゃれになんねえだろと焦った俺は、知らずステージに向かっていたらしい。通せんぼのようにスッと前に伸びてきた細い腕に制されてハッと動きを止めた。

 「――下がっていろ」

 低く、抑えた声だった。凛として隙のない、抑揚のない声。

 「――・・・っ?」

 あんたは?と聞く間もなかった。
 俺の肩のあたりでふわりと揺れた栗色の髪が、あっという間に俺を抜いて遠ざかる。小柄で、かなり細身の青年だ。身に纏う漆黒のブラックスーツと片耳に付いているインカムが、彼が招待客ではないだろうことを教えてくれた。
 驚いたのは、彼の俊敏さと、身のこなしの美しさだった。舞うように無駄のない動きで、音もなく次々と男達を床に沈めていく。煌々とステージを照らすオレンジ色の照明の下で、その青年だけが光を放つように輝いて見えた。

 「――――・・・」

 綺麗だ、と思ったのは、たった独りで銃を持った男達全員をのしたその青年が、何かを確認するようにこちらを振り返ったとき。

 「・・・・・・・・・」

 ステージ上の彼と目が合った瞬間、彼が俺を見て軽く目を見張った。そうしてふっと目を細めた彼は、微笑んだようにも、苦笑したようにも見えた。
 僅かに乱れて顔にかかった、栗色の髪にどきりとする。色白で小ぶりな顔の中でも、印象的な褐色の大きな瞳。何かを憂うように伏せられた睫毛が長くて、目が離せなかった。ぽかんと口を空けたまま、俺の全意識が彼に向かって走り出す。全身が心臓になったかのように、ドキドキして止まらない。

 「――何をしてるんですかっ!早くっ、こちらへ!早く避難してくださいっ!」

 「・・・ッ、――あ、ああ・・・」

 後ろから警備員に肩を掴まれ、はっと我に返った。会場内にいた俺以外の人間は全員外に避難したようだ。
 引き摺られるように会場を出る直前、あの人は、と思って振り返ると、もうその姿はどこにもなくて。
 それでも、彼の残像がくっきりと俺の脳裏に焼き付いて、その後もずっと、なぜか頭から離れなかった。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ