山本×ツナ1

□遅咲きの初恋
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 薄暗いバーは洒落たアイリッシュスタイル。
 カウンター越しの棚には世界中のあらゆるアルコールボトルが雑多に並ぶ。
 その背景に溶け込むように、バーテンダーは慣れた仕草で備え付けのビールサーバーにジョッキグラスを傾けた。
 設置されたモニターからは欧州リーグのサッカー中継が流れているが、決して騒々しくはない。ピークを過ぎた店内はほどよい落ち着きを取り戻しており、酒の匂いと相まって、かなり居心地がいい。

 「・・・・・・え?」

 けれどふわふわしたほろ酔い気分も、何気なく口にされたひとことで、あっという間に霧散した。

 「なんで・・・?いつから、わかってたの?」

 「ん?」

 黄金色のビールを煽った山本は、少し意外そうにちらりと綱吉を見て、トン、とボトルをカウンターに置いた。
 ビールのボトルラベルはCorona。山本が好んで飲むメキシコの有名なビールだ。

 「んー・・・。いつって言われてもなぁー・・・」

 綱吉は泣きそうになる気持ちを押し殺して隣に座る山本の顔を窺い見た。動揺を悟られないように、強張った顔の筋肉にさらに力を込める。
 鷹揚な笑みを浮かべるこの親友が、実はとても敏いことを、綱吉は知っている。
 知っていても気付いてないふりをするのがとても巧い、とでも言うべきだろうか。

 「結構前なのは確かなんだが。いつからどうってのは・・・ないな。まぁ、なんとなくだ」

 山本は片肘をつき、手で顎を支えて綱吉を見つめ返した。
 凛とした隙のない気配を持つくせに、男らしい端正な顔へニッと茶目っ気のある笑みを浮かべるだけで、急に人懐っこさを感じさせる。
 均整の取れたアスリートの体躯はすらりとした長身で惚れ惚れする。ノーネクタイで着崩したブラックスーツがちっともだらしなく見えず、何気ない仕草ひとつひとつが映画俳優のようにサマになっていて、綱吉は思わず目を奪われてしまう。

 「・・・っ、」

 見惚れた自分にハッと気付き、ドキドキ鳴る鼓動を隠すようにして綱吉は山本から視線を引きはがした。手持ち無沙汰に感じて、意味もなくぐるぐるとカクテルのマドラーをかき混ぜてしまう。

 「な・・・なんとなく、なんだ」

 じっと注がれる視線に、炙られるようないたたまれなさを感じる。頭の中は、どうしたらこの場を切り抜けられるか、それしか考えられない。
 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう・・・・・・。

 「だってなぁ。ソレに関しちゃ、俺の希望的観測がだいぶ入っちまうだろ。そういうのって、面と向かって聞くわけにもいかねえしなぁ?」

 同意を求めるようなニュアンスに心臓が跳ねた。
 ドキドキと鼓動が速くなり、イヤな汗をかいて、平静を保つためにぐるぐるとマドラーをかき混ぜ続ける。
 ここはとぼけるべきなのか、素直に謝るべきなのか。
 ずっと、長いことひた隠しにしてきた真実が、もしかしたら今この瞬間に、あっけなく崩れてしまうかもしれない。
 そう思うと怖くて怖くて、綱吉は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。

 「ツナ。それ、あんま混ぜると炭酸抜けちまうぜ?」

 「・・・・・・・・・」

 「泡なくなると旨くねーだろ」

 ごく普通の調子で指摘してから、ホント、ツナって面白れえよな、と無邪気な笑顔を見せる男は、わかっているのかいないのか。
 顔の表面が、酔いではない熱にカッと包まれるのを感じながら、綱吉は憮然とした顔でカクテルに口をつけた。

 「・・・・・・・・・。コレ飲んだら、出る?」

 「ああ、もうそんな時間か。のんびりしちまったな」

 言下に潜めた、話を切り上げたいという綱吉の思いを汲んだのか、山本があっさり頷いて壁にかかる時計を見上げた。
 だけど先に逃げ道を作ってくれたのは、山本の方だ。

 「・・・・・・・・・うん。そうだね」

 トクリと、また胸の奥が疼く。
 じわりと涙が出そうになって、その代わりにキュッと眉を寄せ、唇を噛んだ。
 どんなときも綱吉の気持ちを優先させてくれる山本の大きさに身を委ねてしまいたくなるのは、こんなとき。
 臆病な綱吉から無理に真実を聞きだそうとしない優しさ。
 問いただせば綱吉がとても困るとわかっているから、山本は、絶対にそれをしない。

 ――― だけどもう、甘えるのはやめにしよう。

 瞬きするふりでそっと目を伏せ、再び目を開けたとき、綱吉の覚悟が決まった。
 ちらりと目を走らせた壁の時計は、午後11時35分を指していた。



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